自分を知るということが天を知ることである。
天とは何かと言うと、全体である。
吾々は、宇宙の一部であるとともに全体なんです。
全ては吾、吾は全てのすべてと言えない限り、神我に到達したとは言えない。
あなたの一つの細胞はあなた自身でしょ。
ここにいる皆さん方は自分自身なんです。
誰かを傷つけたら、自分を傷つけたことになる。
個人は全体の中に留まり、全体は個人の中に留まる。
人間だけじゃない。鉱物・動物・植物、使命は違っても、みんな同一の生命によってなれりです。
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わたしから聞いてる言葉は神理ではない。
ああ、成程と自分の中から出てきたものだけが、あなたの神理である。
文字や言葉は神理に非ず。
知花の言葉、本に書いてることを鵜呑みして暗記しても、それはそう価値はない。
あなたからその答えが出てこない限り、あなたのものではない。
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自分で考える。自分で答えを出す。
「全ては自分」という問題がありますけれど、なぜそうなのか?
私達、一個人一個人は全体の生命によって生かされています。
全体が一つであるということを知ってる人のみが調和出来るんですね。
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何ぜそうか? 何ぜそうか?と答えを出していって、神に到達するんですね。
その分だけバイブレーションが上がります、智慧が出てきます。
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神がこの世を救済するにはどうしますか?
人を通してです。人を通して語ります。働きます。
神秘的にではないんです。ある日突然に、ぽとりと落ちて来るんじゃないんです。隣人を通して働きます。
人は神の働く焦点なんです。
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現に皆さんの中に今神が働いているんですけれど、それを認める人がいない。
あなたも一個であると同時に宇宙ですよ。
あなたは全体から分離できますか?
ちょうどあなたの細胞が全体から分離できないのと同じですよ。
この木の葉は1つであると同時に全体ですよ。
全体を知ることによって、全体に大きな影響を与えます。
それが本当の奉仕です。人類救済というものです。