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あなた方は何ぜ結婚するかというと、年取ってね面倒を見るものがいなくなると大変なことになると。道端で野垂れ死にするか、どこかで死ななくちゃならないのかという、3次元的なものの考え方する人がいるんですね。そんなもんじゃないですよ。
じゃあ、言いますよ。野の鳥が、小鳥が、お母さんの面倒見ているの? 親鳥の面倒、子供が見ているの?
動物の子供が、動物のお母さん面倒見るんだろうか。見てませんよね。
じゃあ、そういうものは平気でいるのに、人間だけがそんな恐怖感を持っているんだろうかと。そんなことを考えるなら、神のことを考えなさいと言いたいんですよ。
まだ来もしない、起こってもいない状態を、その未来を恐怖してる者もいるわけですよ。
「私には男の子がいないんだけれど、どうすればいいんだろう」「子供が出来ないんだけど、どうすればいいんだろうか」とか、いうような心配事をしている人も多いんですね。
子供に面倒見られるために、子供を産むという人もいるんですよ。これは大変なことですね。
私達の面倒を見てるのは、神様なんです。神は全ての管理者なんです。我々の肉体管理は子供がするんじゃないんですね。
この生命と質料が、あなたの肉体を管理してると思いますよ。形が形を管理することじゃないですね。
神に委ねる、全託するという意味は、我々の,この肉体形体を、神である生命エネルギーと質料に捧げればいいですよ。
これが、本当の意味の神との結魂(結婚)です。
初めから自分は結魂者だったんだと。生命エネルギーである男性と、質料である女性との結合が、私の中で行われているんだと。
だから、結魂の場は本当は内にあるわけです、結合の場は。これが本当の、『魂の結魂』ですね。
だから、はっきり言って、この世的な死は『離魂』ですよ。
離魂とは、我々の肉体的死は、生命エネルギーと質料が離れたとき、死を招くわけです。生命エネルギーと質料の分離です。
宇宙の法則にも、『分離感』という離魂がございますよ。生命エネルギーと質料の分離を、『離魂』と言うわけです。

