2020年12月05日

B259 大我と小我は一体

40:00
皆さん方、焦っていますと言う人がいます。永遠の中に生きないから焦るんですよ、と言うんですよ。
永遠の中に生きてる者に焦りがあるの? 焦る必要があるの? ないでしょ。
まあ、知花もたまには焦りますけどね。知花の焦りは、永遠ですけど欲望があるんです。
道を案内してる時に、皆さん方にここを知ってもらいたいという焦りがあるんです。個人的焦りじゃないですよ。
私自身が体験者だからですね。なぜかと言うと、その指導者がおる時には非常に悟りやすいですけども、そういう話しをする人がいないと何千転生も繰り返しますよということを体験してますので、その体験を通してたまたま焦ってしまうわけですね。

それは個人的欲望ですか? 悟って欲しいという欲望ですか?
幻に生きてる皆さんに、実在の我に生きて欲しいという欲望があるんですよ。
これは、霊的欲望と言います。物質欲望じゃないんですね。
まあ、希望と言いましょう。欲望と希望は全く違うんですね。
私は皆さんに、これになって欲しいという希望を持っているんです。
私はあなた方がこれになったからといって、私が何の得にもならないわけですよ。
個人的な得になるものは欲望ですけれども、自分の無所得のままのものは希望にしか過ぎないんです。
皆さんに悟って欲しいという希望があるわけです、私自身がね。

posted by と^と^ at 00:00| 焦りとは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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