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ここで聞いても、また離れていくと映しに無我夢中ですから、しようがないなと。厄介もんだなと思うんですね。
本当に残念なんですけども、真理というのは何回も何回もの繰り返しでもって、忍耐強くやるしかないと。
忍耐の無い者はもう落伍しました、今までも。もうここから離れていって、ここを非難している者が、これに到達すると思う?
これは断言できますよ。もう今生は諦めたということです。自分の真我に到達することは諦めたんです。
彼らは到底、今生は昇天しないだろうと。
忍耐強く、ここを見つめるしかないですよ。
無意識のうちにも自分がですね、普遍である、無限であると、思えるような自分になるまでは、自己確立ではありません。
うっかりすると、すぐ外なる自分を自分と思えるあなた方のようなものでは、覗き見にしか過ぎないと。
たまにはここを覗きます。ここを覗く時間は、僅かの1分、2分。あとは外を覗いて生きていると。
今のあなた方の状態は、覗き見状態なんですね。覗き見はしたけれど、実際にはそのものになってない。
あの知花は何を言ってるんだろうと、覗いて見たんですよ。引っ込んでまた影という世界に生きているようなもの。
ちょうどヒヨコが卵の殻から首を出して、光の世界を見たけどまた引っ込むのと一緒ですよ。まあ、スッポンみたいなもんですね。
その無限大を、たまには皆さん見てますよ。瞑想中には見てるわけです。すぐ引っ込めて、すぐまた外を見るんですね。
何と言ったらいいか、皆さん方は本当に自分が普遍そのもの、宇宙そのもの、無限そのものの意識状態にならない限り、皆さん方はここにはおりませんよ。
ということです。
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ここに何十年いても、生半可な人が真理に到達することは不可能ということです。年月ではない、真剣味が必要ということです。
途中下車しないように。
ここから離れていった人は、真我に到達すると思う?しないと思う?
残念ですけど、しません。断言できますよ。
まあ、反省して戻ってくるなら別ですけど、帰らないでやると、もう到底不可能です。しょうがないですね。
まあ、二千年前にイエス様も僅かの数名しか、ここに連れ込みませんでしたので、私はそれ以上,皆さんを連れ込みたいんです。欲望がありますから…
本当に何名が、こういう意識状態になってくれるかというのを、希望してます。自分の目的としてます。
これは、数名じゃなくて多くの人々が到達してもらいたいという希望であり、望みであると。
であるが故に、こうして朝晩厳しいことを、同じことを言ってるわけですね。
我々も、お互いに励まし合って落伍しないように、真我に一体になるまではどんなことがあっても、これでもか、これでもかで…
手を握りしめて、奥歯を噛みしめて、振り落とされないように努力していきたいと思います。

