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皆さん方はすぐ人を裁くんですね。神我が人を裁きます?
この者が神我を知っていたら、人を裁きます? 罵ります? 貶します?
人を裁く、許さないというのは、神我ですか、自我ですか?
許さないというのは、誰を許さないということですか。自分自身ですね。
自分自身を許してもらいたかったら、人を許さねばなりませんよ。人を許すことは自分を許すことじゃありませんか。
世の中には、自分は一向に人を許さないのに、教会に行って「主よ、主よ、わが罪を許したまえ」と祈る人がいますよ。いくら祈っても、その者の罪が許されるはずがありますか。
その者は人の罪を許さないで裁きながら、自分だけは裁かれたくないという、虫のいい祈りじゃありませんか。
我々は祈らずにしていいんですよ。自分の罪を許してもらいたかったら、どうすればいいんですか。
人の罪を許してあげればいいんですね。隣人の罪を許せばいいんです。自分の過ちを赦してほしければ、人の過ちを赦すことじゃありませんか。
許すことと裁くことでは、どちらが勇気がいりますか? 許すことですね。
裁くものは、裁かれる。許すものは、許される。
あなた方には裁く権利はないけれど、人を許す権利はありますよ。人を許してあげて下さい。
人から裁かれたくなかったら、人を裁かないこと。憎まれたくなかったら、憎まないこと。悪口を言われたくなかったら、悪口を言わないこと。変なことを言われたくなかったら、誰かの変なことを言わないこと。
それが一番の日々の、皆さんの厳しい修行じゃないでしょうか。
それが実際にできているかいないかが、皆さんを救うはずですよ。こういう悪を克服して打ち勝った時、幸せですね。

