2019年12月25日

B236 キリスト

4:10
キリストとは何かと言うと、我々全てのものはキリストの中に留まって、キリストは全ての中に留まっています。
その無限生命・大生命・宇宙生命そのものがキリストですから、全てのものはこの無限生命・宇宙生命の中に留まって、宇宙生命は全ての中に存在しているんですね。
だから、キリスト我が中に存(ましま)す。即ち神、我が中に存す。
そのキリストは全知全能の愛です。絶対愛のキリストです。愛の他に何も知りません。

6:27
・・オリーブの山に立ってる時に誰が現れたでしょう。エリヤとモーゼが現れましたね。そうすると、3つの宮を建てましょうかと誰かが言ったと。いやいや、そんな必要はないんだと。
エリヤは予言、モーゼは奇跡を意味しています。それは象徴的に書かれているがゆえに、そのまま三次元的なモノサシで、すぐとらえてしまうんですね。
そこにオリーブの山に立たれて祈られたときに、イエスの身体から目も眩まん、宇宙を照らす光ですから、全世界を照らす光ですから、それは皆さんの創造を絶する光が放流・放射されたわけですね。
その時は、無限光である永遠の生命と一体になられた状態を意味してるわけです。そうなりますと、闇の原子は光の原子に変性・変容を遂げるということを意味しています。

7:50
私達の中に、全世界を照らす光は存在しています。愛の光が存在しているわけです。これがキリストです。
これを聖なる火、神聖火花と言ってるわけです。
キリストは、または何を象徴としてるかと言うと、火を象徴としています。
posted by と^と^ at 00:00| キリスト・イズラエル・水晶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。