2019年07月15日

B225 命は一切の主

あなた方が本当に集団生活をみて、本当に仲良く非利己的になって、みんなが一つだという心を一つにして、愛しあって、分かち合って助け合っていたならば、そのグループは悟りです。

だから、集団生活をしてみれば分かります。もう自分本位で人を押さえつけたり、人を罵ったり、嫌ったり、そうしてやってる人は迷い我、その人は分離感、即ち生命を知らないもの、命知らずであるということです。
命を知っておれば神を知っております。命を知ってるものは全体を知っております。全体は自分自身であり、全ては神であることが分かります。

だから、全てが一つになるまでは皆さん方は、まだまだ油断がなされません。
まだまだ日々の生活をさせてみると、あの者この者という自他があります。自他一体でなくて、自分と他というものがある限りは、皆さん方は我で生きている。
本当の一体感になれば我がなくなる。大我、全我という高我、即ち真我に目覚めます。そこには愛と調和、分かち合いしかないということです。
全てが一つだということを悟らない限りは、皆さんは隣人を愛することも、仲良くすることも出来ません。
posted by と^と^ at 00:00| 日常生活対処法・現実対処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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