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皆さん方も、ある程度の求道精神が参りますと、大概の仕事よりも面白くなりますもんね。
まあ、仕事も粗末にするなという意味なんですけれども、仕事も大切ですけれど、
仕事の合間にせめて皆さん方が、三つ子がお母さんを、遊び疲れた後「お母さーん」と思うように、私達は何か仕事が終わったら「お父さーん」と「神さまー」と思えるような自分になってほしいですね。
私は工場に行きまして色々と物を作っておりますけども、ちょっとの時間に仕事の手を休めたときに、あーーっと,またすぐに神を思うんですね。
仕事中にどのぐらい思っているかというと、おそらく100回は意識しているだろうな。一日仕事をしている合間の中でも。
私達はそれぐらい神への一心を集注しないかぎりは、神というものが現れようがないんですね。
あなたが認めないのに、神がどうしてあなたを通して現れましょうかと。
こう書いていますよ、『外なるものが内なるものを認めた時、内なるものは外なるものとなるだろう』と。
私達は本当に内側のものの意識と一体となって、物事を判断し生活するようになったら、しめたもんですね。
完全に神我が、外側の肉を支配して現れるようになるためには、相当の忍耐が必要だと。
それは皆さん、朝晩こうして鍛錬をすると。
皆さんここでお話を聞いてる時、雑念でしょうか? 神に意識が向いてるでしょうか。
意識は高揚してると思いますか? 下がってると思いますか?
ここでお話を聞いてる間中、皆さんの意識は神の世界へと誕生してるんですよ。
だから、瞑想時間と同じなんですね。強制的に瞑想させられてるようなものじゃなかろうかなと思いますね。

