16:50
皆さんは、よく悪霊に取りつかれるという言葉を使いますけれど、悪いエネルギーに取りつかれていると。
あなたが人を憎んでいる時は、悪霊という悪いエネルギーに取りつかれていませか?
いい事をしているときは、善霊に取りつかれていると。
悪霊に取りつかれるも、取りつかれないも、誰次第ですか。
誰が取りつけるんですか? その霊的力を悪用するのは誰なんですか?
あなた方は、何ぜ不幸せになるかと言うと、悪いことするから? いいことするから?
悪いことしなければ、世の中に苦しむ人は一人もいない。その悪いことしてるのは、自分の自由意志であって誰でもないんだということ。
人の悪口を言って楽しい人は、世の中に一人もいない。
人を喜ばしている人は、また絶対に苦しむことはない。
皆さん悪霊に取りつかれている人、見たことありますか? あるでしょ。
悪霊に取りつかれているか、いないかは、誰でも見抜けませんか。
人の悪口を言って、、あー悪霊にやられているなと。人を憎んでいる人は、悪霊に取りつかれていますね。
悪霊とは悪いエネルギーですよと。善霊とはいいエネルギーですよと。
この世の悪人とは悪霊であると。善人とは善霊であると。
あなたは悪人になりなさいと、誰かに命令されているの?
悪い人間になる使命を持っている人がいたら、手を挙げて下さい。私は悪いことをするために生まれて来たんだという人がいたら。。
あなた方は、この世に悪いことをしに来たんですか、いいことをしに来たんですか?
悪いことをするも、いいことをするも、誰次第ですか。
じゃ、悪いことをして幸せになれる人がいますか? 悪いことをして得する人がいますか?
徳を積むということは、いい事を積むことを、徳を積むということですよ。
徳のない人と言うのは、悪い人間のことなんですよ。
徳を積んでるんですか、損を積んでるんですか、悪いことをしょっちゅうやる人は。
人を憎んだり、怒ったり、誹ったり、嫉妬をしたりする人に、徳の高い人とは言わない。おそらく苦しいだろうと。
私の非難・批判をして歩いている者がいます。「あの知花は低級霊よ」と。
私の批判しているその人は、高級霊に取りつかれている、悪霊に取りつかれている? 憑依霊を受けているなと思ったらいい。(笑)
2021年08月15日
2018年08月21日
A205 心霊とは何にか
真我に名前がある?
私は日蓮でありますとか、イエスでありますとか、名乗って出てくると思う?
出てこないです。名前がないんです。
真我は宇宙にいくつありますの?
一つでしょ。あなた方の、『偽我』に名前がついてるだけであって、真我に名前がついてる?
ついてないですよ。
だから、『真我』には名前がないんですね。
名前を名乗って出てくるのは、本物? 偽物?
これは、自我意識と言って個人意識ですから、憑依霊現象であって神懸かりじゃないんです。
神が懸かっているならば、このものは個人的内容ですか?普遍的内容を話すと思います?
霊媒を通じて語っているのが個人的だったら、それは全くの憑依霊現象です。
よく、「霊言集」を多く書いて、たくさん本を出してる人もいますけれども、あれは霊言集じゃないんです。『幽霊現象』なんです。幽界からのイタズラなんです。
だから、内容が普遍的でない、個人的なんです。
真我は個人的ですか? 普遍的ですか?
『生命は普遍的です。』
私は日蓮でありますとか、イエスでありますとか、名乗って出てくると思う?
出てこないです。名前がないんです。
真我は宇宙にいくつありますの?
一つでしょ。あなた方の、『偽我』に名前がついてるだけであって、真我に名前がついてる?
ついてないですよ。
だから、『真我』には名前がないんですね。
名前を名乗って出てくるのは、本物? 偽物?
これは、自我意識と言って個人意識ですから、憑依霊現象であって神懸かりじゃないんです。
神が懸かっているならば、このものは個人的内容ですか?普遍的内容を話すと思います?
霊媒を通じて語っているのが個人的だったら、それは全くの憑依霊現象です。
よく、「霊言集」を多く書いて、たくさん本を出してる人もいますけれども、あれは霊言集じゃないんです。『幽霊現象』なんです。幽界からのイタズラなんです。
だから、内容が普遍的でない、個人的なんです。
真我は個人的ですか? 普遍的ですか?
『生命は普遍的です。』
2018年08月03日
A206 生と死の実体
今、世の中に霊道が開かれているという人間は、神の世界の霊道が開かれているんじゃなくて、『幽道』が出来ているんです。
幽界との繋がりが出来ているんであって、奥底の、真我とのコンタクトは出来てないんです。
だから、肉体行や断食行をやって肉体が弱体化すると、幽体が活発化しますので、すぐ、そこの網が破れて、幽界とのコンタクト、憑依霊現象を受けやすい、『霊媒体質』というのが出来てきます。
だいたい、麻薬の幻覚・幻想というのは、細胞の麻痺によって、そこの出入りの激しい人。
肉体というのが衰弱していって、幽体が活発化してるんですね、麻薬でもって。そうすると、霊的な幻が見えてきます。
しかし、神の世界ではなくて、必ず、迷界に留どまってる幽界と繋がるんですね。だから、非常に危険を伴うと言えます。
だから、『難行苦行、悟りにあらず』と、お釈迦様が言われたのは、その意味です。
肉体行は、決して悟りとは繋がりません。
神の国とは繋がりません。
どこと繋がるかと言うと、幽界と繋がります。
神の世界と繋がるのは、『心の面』なんです。
すなわち、愛と調和です。
だから、『愛は天と地の掛け橋』と言われているわけです。
幽界との繋がりが出来ているんであって、奥底の、真我とのコンタクトは出来てないんです。
だから、肉体行や断食行をやって肉体が弱体化すると、幽体が活発化しますので、すぐ、そこの網が破れて、幽界とのコンタクト、憑依霊現象を受けやすい、『霊媒体質』というのが出来てきます。
だいたい、麻薬の幻覚・幻想というのは、細胞の麻痺によって、そこの出入りの激しい人。
肉体というのが衰弱していって、幽体が活発化してるんですね、麻薬でもって。そうすると、霊的な幻が見えてきます。
しかし、神の世界ではなくて、必ず、迷界に留どまってる幽界と繋がるんですね。だから、非常に危険を伴うと言えます。
だから、『難行苦行、悟りにあらず』と、お釈迦様が言われたのは、その意味です。
肉体行は、決して悟りとは繋がりません。
神の国とは繋がりません。
どこと繋がるかと言うと、幽界と繋がります。
神の世界と繋がるのは、『心の面』なんです。
すなわち、愛と調和です。
だから、『愛は天と地の掛け橋』と言われているわけです。
2018年07月20日
A205 心霊とは何にか
霊媒が、神を見ることも、知ることもありません。
神は、『霊媒』には懸かりません。
霊媒に懸かっている神は、『幽霊』です。幽界のものです。神ではないんです。
神は、『普遍的存在』です。
普遍生命は、『普遍意識』ですから、本当の神懸かりか、それとも『幽霊』懸かりか、幽界のものの憑依霊か、神懸かりかは、簡単に見抜く方法があります。
この神は、個人的意識ですか? 普遍意識ですか?
憑依霊の場合は、「私が」とか「私の」とか、個人的内容なんです。
神懸かりの場合は、個人的じゃなくて、普遍的になります。
例えば、個人の意識が、個人の意識を支配している時は、憑依霊現象です。
普遍意識が、あなたを支配している時は、神懸かりなんですね。
だから、神を霊媒に呼んでも、神が懸かることはない。
この世の霊媒は、みんな憑依霊現象を受けてるだけなんです。
幽界にいるものも、みんな普遍意識になってないですから、個人意識が個人意識を支配することを"憑依霊"と言うんですね。
今、私に日蓮が懸かってますとか、イエス様が懸かってますとか、神懸かり? 憑依霊現象?
神は個人意識ですか? 普遍意識ですか?
真我に名前がある?
神は、『霊媒』には懸かりません。
霊媒に懸かっている神は、『幽霊』です。幽界のものです。神ではないんです。
神は、『普遍的存在』です。
普遍生命は、『普遍意識』ですから、本当の神懸かりか、それとも『幽霊』懸かりか、幽界のものの憑依霊か、神懸かりかは、簡単に見抜く方法があります。
この神は、個人的意識ですか? 普遍意識ですか?
憑依霊の場合は、「私が」とか「私の」とか、個人的内容なんです。
神懸かりの場合は、個人的じゃなくて、普遍的になります。
例えば、個人の意識が、個人の意識を支配している時は、憑依霊現象です。
普遍意識が、あなたを支配している時は、神懸かりなんですね。
だから、神を霊媒に呼んでも、神が懸かることはない。
この世の霊媒は、みんな憑依霊現象を受けてるだけなんです。
幽界にいるものも、みんな普遍意識になってないですから、個人意識が個人意識を支配することを"憑依霊"と言うんですね。
今、私に日蓮が懸かってますとか、イエス様が懸かってますとか、神懸かり? 憑依霊現象?
神は個人意識ですか? 普遍意識ですか?
真我に名前がある?
2018年06月25日
A201 霊視
皆さん方、麻薬患者を見たことがございますね。麻薬患者は我々の見てないものを見ています。霊視しています、幻を見ています。
だから、あそこから人が来るとか、犬が来るとか、誰が見てもいないのに、何が来ると言ったりするわけです。
それは、シンナー中毒を起こしている、幻に取り憑かれている子供達も同じでございます。
自分らの肉の快楽のために、幻を見たいために、麻薬を打ったり、シンナーを吸ったりして弄んでいるわけです。
自分らの肉の快楽のために、幻を見たいために、麻薬を打ったり、シンナーを吸ったりして弄んでいるわけです。
そうすると、もちろん神経中枢が侵されますから、そこからエーテル体が抜けやすくなります。自律神経が狂ってますから、そこからエーテル体が、肉体の合間から自由自在に入ったり抜けたりしますので、非常に危険を伴います。
今、麻薬患者が流行っているのは、殺人を犯したりするのも、だいたい、一つの憑依霊現象でございますね。
ノイローゼの方が よく人を殺したりするのは、全部、憑依霊現象です。いたずら霊に憑依霊を受けるわけですから、ノイローゼということは、既に太陽神経叢の方がやられている、エーテル体が自由自在に出入りできる人の状態を言うわけです。
だから、眠らない、睡眠をとらないとか、、彼らは眠る必要はありませんから、その本人まで肉体まで支配してしまって、眠れない状態にしてしまうのです。霊は眠る必要ございませんから。
だから、不眠症だとか、ノイローゼだとか、だいたい太陽神経叢のチャクラが侵されていると。
それは、過去世に非常に原因が深いです。過去世において丹田行をやったり、あるいは間違ったヨガ行をやったり、滝行をやったり、色々の断食行をやったり、肉体行をやった方々に、大概のその状況は現れています。
だから、間違った修行方法ですね。間違った修行方法でやりますと、そういう結果を招きます。
2018年05月29日
A201 霊視
ここにもたまたま、今はいませんけれども、よく霊視の出来るという方もいますけれども、それは自慢ではございません。
もちろん、その人のバイブレーション、意識が高揚しての物の見方ならば感心しますけれども、バイブレーションを上げないで、粗雑な肉体我で、自我で霊視が出来るということは非常な危険。それは、ややもすると精神病院に担ぎ込まれるか、あるいは、ほっておくと殺人を犯すか。いろいろな事件を犯す。
だから、麻薬患者が事件を犯すというのは、通り魔にあったとかいうのは、だいたい、ほとんどがほとんど、エーテル体が抜けて憑依霊現象を受けている状態だと。自由自在に、別の者が自分の体に、ここが破けてますので出入りが出来るのですね。
出入りが出来る状態の人は、性格がコロッと変わります。非常に平生は、正常な時は優しい、大人しい状態の者が、まったくの荒っぽい状態に変化する場合もございます。
それは、友達を共に連れ込んでいるからなんですね。別の性格が入り込んでしまっているからなんです。
皆さん方は、よく”酒癖”というのを聞きますね。酒飲まない人は仏様のような人間が、酒を飲ますと鬼のような人間になる人がおります。全く、性格がコロッと変わってしまうという人間は、だいたいが そのマーヤのいたずらですね。
だから、習ったことのないお経でも、習ったことのない言葉でも 幾らでも出てくるんです、その時は。外人さんが懸かれば、英語がベラベラ喋ります。
そういう状態も、一つの異言だと皆さん思っていますけれども、その霊性の進化した状態のものなら結構ですよ。しかし、自我の状態で、そういうことが起こるということは、非常に危険であると申し上げたいです。
分離感を持ちながら、不調和でありながら、そういう状態が起こっている人は自慢すべきでなくて、非常に危険性を感じて結構です。

