2020年01月19日

B236 キリスト

10:30
神の国は霊と水の国と言われておりまして、霊と言うのは火を象徴としていますし、水と言うのは質料・物質的なものを象徴としています。
だから、バプテスマのヨハネは質料でしたので、肉体を洗い清めたわけです。
イエスキリストは何を洗い清めたかと言うと、魂を洗い清めたんですね。魂の洗霊を受けさせたんです。
日本の古神道とか神道でも、行水というのを行いますね。それと同じようなものなんです。
どこの宗教にも行水と、身体を清めるというのがございます。身も心も、ということを言ってるわけです。
だから、常に皆さん方も、毎日お風呂というもの入りますね。それは一つの水の洗礼です。

しかし、身体をいくら清めても、魂が清まらなければ意味がないですね。上辺だけ清めても、中身が清まらないでは、苦しいんですね。上辺はいくら着飾ったところで、中身が腐っていたら何の意味もないんですね。
身も心も清らかでなければならない、内も外も清らかでなければならないために、今から二千年前に象徴的に水の洗礼と火の洗霊を受けさすものが現れて来たんです。

14:30
ちょうど、ヨハネの洗礼の話をしますと、本当にその場面とそれが私が意識が対面しているわけですね。
その時、洗礼を受けさせているヨハネの姿は、獣の皮をつけて、そのお水をかけているものも、ひょうたんの半分ちょん切られたようなもので、今多くの人に洗礼をしてらっしゃるわけです。
そして、「山を削り、谷を埋めつくせ」と。そういう意味は凸凹をなくしなさいと。即ち動揺する心をなくしなさい・・
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2019年12月26日

B236 キリスト

8;12
キリストは又は何を象徴としてるかと言うと。「火」を象徴としています。
今から2千年前に、キリストとバプテスマのヨハネ、、
ヨハネは何を象徴としたかと言うと、「水」を象徴としたんです。

バプテスマのヨハネは禁欲主義者と言いまして、食べ物はほとんど肉食とかタバコとか酒とかは一切飲んでおりません。
非常な禁欲主義者で、菜食にも菜食ですね。花の花粉を食べたり、そういうことが非常に自分の体を調整して生きておられた。
バプテスマのヨハネは水ですから、水の洗礼を受けさせたんですね。
イエスは火の洗礼を受けさせたんですね。
この二人は、いとこ同士なんです。いとこ同士でありながら、こういう偉大な魂が存在したんです。

バプテスマのヨハネが川辺で洗礼を受けさせているところに、イエスキリストが来られまして、ヨハネに「わたしに洗礼を授けて下さい」と。
とんでもないと。私はあなたの靴のヒモを結ぶ資格もないものでございますと、言ってるところが非常に重要かと思います。
火と水の関係は、エネルギーと質料のことを意味してます。即ち生命と肉体を象徴としてますね。
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2015年12月26日

神の国は霊と水の国(祝福)    A141

バプテスマのヨハネとイエスキリストは、いとこ同士でした。
陰陽を表していました。
ヨハネは水で洗礼を受けさせました。イエスは火で洗霊を受けさせました。
イエスキリストは永遠を象徴としました。バプテスマのヨハネは死を象徴としておりました。
彼は牢獄の中で首を切られて死にました。そのけがれを象徴としておりました。
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2015年04月28日

キリスト真我は不可視の大霊 ・・90.6.11   B98

洗霊とは、『霊で洗い流す』という意味ですよ。
教会でやっているのは、『行水』ですよ。
自分が不可視の霊的存在だとはっきり自覚して、
『洗霊を受けた』と言うのです。
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