8;33
神我は一度も争ったことがない。神我の世界には、一点の悪も存在しない。無垢なんです。完全無欠。
不潔? 無欠ですよ。外側の世界は不潔の世界ですね。汚い世界です。争う、殺し合う、憎しみ合う。何ぜ?悟ってるから、迷ってるから?
だから、肉体というのは神が肉体という悪の衣装を着けているんだとまで言うんです。
悪を働くのは霊ですか、肉我ですか? 肉我。
皆さん方は自縛のままで終わるか、解脱するか。もう、最後の段階に入ってますよ。
11;18
「主よ!、主よ!」と大きい声を上げる人がいます。大きな声で、主よ、主よと呼んだら分離感ですね。
これを沈黙と言うんですよ。黙っていても、解るわけです。自分自身ですから。
大声を張り上げないと、解らないんでしょうか。沈黙の祈りですね。
いい声を張り上げて出さないと、聞いてくれないんでしょうか。遠くに神は存在するんだろうか。
どこにおります?我が内に。私と天の父とは一体であると。
2021年03月30日
2016年03月07日
調和と不調和 B131
この者が、この者を憎むということは誰を憎むことになります?
生命においては、みんな一体ですから、自分ですから、、
生命の次元では、あなた、わたしというのは存在しないので、全てはわたしなので絶対に争いません。
だから、己を愛するように人々を愛しなくちゃならないんです。これが神の世界なんですね、実在界です。全体を愛する我になれば幸せです。平安です。
神は喜びであるとか、幸せであるというのはその意味でして、生命は争いません。争っているのは肉そのものでして、肉を己として生きているものは争います。
外側から見れば、たくさん木の葉がありますが、生命から見れば、たくさん生命がありますか?
生命はいくつあります? 宇宙に一つですね
生命においては、みんな一体ですから、自分ですから、、
生命の次元では、あなた、わたしというのは存在しないので、全てはわたしなので絶対に争いません。
だから、己を愛するように人々を愛しなくちゃならないんです。これが神の世界なんですね、実在界です。全体を愛する我になれば幸せです。平安です。
神は喜びであるとか、幸せであるというのはその意味でして、生命は争いません。争っているのは肉そのものでして、肉を己として生きているものは争います。
外側から見れば、たくさん木の葉がありますが、生命から見れば、たくさん生命がありますか?
生命はいくつあります? 宇宙に一つですね
2014年03月12日
B74 人間は何ぜ争うのか 1989.10.20
人間は何ぜ争わねばならないのか。
誹らねば、嫉妬せねばならないのか。
争わなければ生きられないのか?
夫婦間は争うし、隣人は争うし、親子間は争うし、それをお考えになったことがありますか。
それは分離感、すなわち「無知」だからです。
自分で自分を知っていれば、争いません。
争えば苦しみます。なぜ、それを知って争うのか。
争いは自我です。悟った人は争いません。
愛と調和のみです。
自分と他人とは別々だ、というのが争いの元です。
実在の自分を見れば、いかなる分離も離別もありません。
~
自我は常に不安と恐怖の不幸な人生を歩みます。
神理を知っていれば争いは停止します。
そこには不幸はありません。
今まで夫婦間で争っていたのは、分離感だったからです。
~
ただ一つの生命に基づいて、全ては生かされているのです。
生命において全ては繋がっていますね。
幸せになるには神理を知るしかありません。
命は一つしかないという。
形を観ればたくさんあるんですけれど、生命においては一つしかありません。
神理に生きれば、幸せそのものです。
悩み苦しみは自分で作っていたのです。
~
何ぜ愛さねばならないか?
愛することは当たり前のことだからです。
人に為したことは、全部自分に為していることなのです。
調和からは不幸は起きません。分離感から起きるのです。
自他がある限りは。
~
見える世界にも見えない世界にも遍満している普遍的自己、
それが神我です。
皆さんは今、平安ですか?
一体観は、安らぎです。
分離感は、不安と恐怖です。
内なる生命に生きていれば、誰の悪口も言いません。
無知なるものは肉に生きます。知恵あるものは生命に生きます。
自分というのが何であるか解ると、他人様が何であるか分かります。
~
永遠の許ししかないんです。
神理を知ってしまえば、そこには平安と安らぎしかありません。
苦しみは分離感から生まれます。
誹らねば、嫉妬せねばならないのか。
争わなければ生きられないのか?
夫婦間は争うし、隣人は争うし、親子間は争うし、それをお考えになったことがありますか。
それは分離感、すなわち「無知」だからです。
自分で自分を知っていれば、争いません。
争えば苦しみます。なぜ、それを知って争うのか。
争いは自我です。悟った人は争いません。
愛と調和のみです。
自分と他人とは別々だ、というのが争いの元です。
実在の自分を見れば、いかなる分離も離別もありません。
~
自我は常に不安と恐怖の不幸な人生を歩みます。
神理を知っていれば争いは停止します。
そこには不幸はありません。
今まで夫婦間で争っていたのは、分離感だったからです。
~
ただ一つの生命に基づいて、全ては生かされているのです。
生命において全ては繋がっていますね。
幸せになるには神理を知るしかありません。
命は一つしかないという。
形を観ればたくさんあるんですけれど、生命においては一つしかありません。
神理に生きれば、幸せそのものです。
悩み苦しみは自分で作っていたのです。
~
何ぜ愛さねばならないか?
愛することは当たり前のことだからです。
人に為したことは、全部自分に為していることなのです。
調和からは不幸は起きません。分離感から起きるのです。
自他がある限りは。
~
見える世界にも見えない世界にも遍満している普遍的自己、
それが神我です。
皆さんは今、平安ですか?
一体観は、安らぎです。
分離感は、不安と恐怖です。
内なる生命に生きていれば、誰の悪口も言いません。
無知なるものは肉に生きます。知恵あるものは生命に生きます。
自分というのが何であるか解ると、他人様が何であるか分かります。
~
永遠の許ししかないんです。
神理を知ってしまえば、そこには平安と安らぎしかありません。
苦しみは分離感から生まれます。

