2021年10月22日

B283 完全とは何か 1991.11.05

37;24
もしある日、審判の日が..収穫しようと思ったら、
この地上界から無傷の物だけを収穫しようと思ったら、抜くものは無いと思います。
あなたが畑に植えた野菜で、完全無欠の物だけ収穫しようと思ったら、葉を抜こうと思ったら抜けると思います?
そうすると取るものがない。抜ける者がないとなります。
もう取るものがないからといって、神様はそこから何も抜かないかと言うと、そうではないです。
一生懸命、完全になろうと、愛でなろうと努力しますと、
もう平気で悪口を言ってた人、もう平気で人を憎んでいた人、もうこれ当たり前のように日常生活のように、憎しみや怒りや誹りや嫉妬に生きていた人間がそうではなくて、一日一日を完全になろうと努力するものは抜かれます。
もう、その日は近しなんですね。
それを聖書に予言している、最後の審判。
で、それをやってる者は熟した魂として抜かれて天の蔵に収められます。
傷だらけの者は永遠に消えない火に捨て投げ込まれると書いてるのはその意味です。

悪というのは何から出るかと言うと、自我意識から出るわけです。
あなたから悪がなくなった状態というのは、自我がなくなった状態だということじゃないですか。
まだまだ悪があるということは、自我があるということですよ。

悪は即自我ですから、真我は即愛ですから、愛そのものになった人間は神我そのものになったということです。
悪がまだ残っているかというのは、自分が一番分かりますよね。
怒りや憎しみや嫉妬というのは、自我からしか出てきません。
だから、神様が悪という衣装を着けてるようなもの。その悪の衣装を脱ぎ捨てねばなりません。即ち自我の衣装を脱ぎ捨てねばなりません。
その自我という衣装を脱ぎ捨てることを、解脱と言うんです。
即ち、昇天、成仏です。
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2020年06月16日

A254 光は天 影は地 何ぜ

44:20
この世を清めるには、光しかないんじゃないですか。
水エネルギー? 光エネルギー?
物質エネルギーってあるんでしょうか。光エネルギーがあるだけ。

エネルギーとは光であり、熱であると。
もうそろそろ、光と熱をこの世に注がねばならないんじゃないですか。
光が来なかったとすると、もう人類は滅びるしかないですね。
これは、もう余談が許されない。1日も早く完成しなくちゃならない状況下にありませんか? 
大混乱期に入っていませんか、地球は? これを末法、カリユガの時代となってます。
だから、夜明け前は暗い。その夜明け前の暗さが現代の社会状況ではないでしょうか?
色々の悪質なものが流行ってますね。最後のもがき。
光が現れたら、闇はもがくことは出来なくなる。だから、光の勢力が強くなったとき、闇の勢力も立ち上がります。

皆さん方は光の使いになりたいの、闇の使いになりたいの?
今は世の中は、光に使われるものと、闇に使えるものと、二つが完全に衝突しております。
片一方は闇に走るもの、片一方は光に走るもの。真っ二つに幕が裂ける時代が来ると。
二つに選択されます。ふるい分け、最後の審判。
もうそろそろ、来ます。
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2020年06月10日

A255 空は久遠 色は物質 何ぜ

25:18
悟ることにおいて、皆さんはお金が必要ですか。悟るために、食べ物が必要ですか。
あのね、「正食」というのは食べ物のことじゃないんですよ。本物を食べなさいということです。即ち、空を受け入れなさいという意味なんです。
それが「私を食するものは」という意味なんですね。

27:35
その人間という思い、肉体という思い、個人という思いは、すべて雑念じゃありませんか?
空だと思うべきでしょ。空だと思うことは正思念ですね。いい想念ですよね。人間だと思うことは悪想念でしょ。
正しく見るという諺がありますけども、自分を人間だと見るなの、空だと見るべきなの?
その空は普遍にして無限、久遠にして常在でしょ。これが我でしょ。

もう人間、肉体、個人という雑念を捨てねばなりませんよ。まだ、雑念、外念がありますね。

37:16
もうやがて、ふるいにかけられますよ。ということは、個人というのは小我でしょ。小さなものは引っかかるの、落ちるの? 落ちるんでしょ。
ふるいにかけたら、大きいものが落ちるの、小さなものが落ちるの?

もうやがて、大きいものと小さいものの、ふるい分けが来ます。
ふるいにかけたら、私は個人と思ってる人は残ると思う? 落ちると思う? 小さいものは落ちるんでしょ。
あなたは無限だったら落ちますか、ふるいの目から。
じゃあ、残されるか、落ちるかは誰次第ですか。

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2019年11月10日

B231 人と神は同じもの 何ぜ

55:57
この世の中に、もうやがて二つに分類されます。
知る人、知らざる人。
知る人というのは、自分が何であるかを知る人。知らざるという人は、自分が何であるか知らないまま、その二つのふるい分けが行われますよ。
これが、最後のふるい分け。幕が二つに割れます。
最後の審判です。
知る人は天に上げられます。知らざる人は地に葬り去られます。
だから、自分が何であるか、知る人になりなさい。

今の私の言葉に軽はずみに思ってはなりません。要注意して下さい。このまま無知のまま終わってはなりませんよ。
その知る人と知らざる人のふるい分けは、必ず近い将来来ますよ。
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2019年01月01日

A216 霊的自覚

一番、皆さんに忠告したいことは、今までは大霊に本物の自分に目覚めるまでは、何転生も繰り返したんですけども、今生はそれがないんです。 消滅になるんですよ。
だから、皆さん方は恐ろしい、苦しい思いをせねばなりません。
最後なんです。
最後の最後が来てるんです。
だから、最後の審判というのは、肉に死ぬものと霊的自分に目覚めるものとのふるい分けです。
大霊を自分と思っている人は自覚のできてる人。これを霊的自覚。偽物の偽我の我から、本物の我に帰る。
しかしあなた方は、この世の見える金銀が欲しいわけですから、本物の自分に帰るよりも、偽物の世界で金銀を持った方がいい、金があった方がいい、豪華な家が欲しい、車が欲しい、電化製品が欲しい。
この為に全くの私欲に陥って、色欲・物欲に溺れて、本来の我に目覚めようとする人がいない。
これを、色欲・物欲と言いますが、皆さんに色欲・物欲がある限り、悟ることはないだろう。
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2014年03月02日

A8 原点に帰る 1992.12.06

全ての原点は神でございます。
原点とは見えないものなんです。
肉なる我が大霊に帰ることを、原点に帰るという意味なんです。

01:10
この周期末に非常に厳しい審判が行われると。肉に生きる者、本質である原点に生きる者、その二つの篩い分けでございます。即ち死ぬ者、生き残る者、二つの選択がございます。
これは皆さん方が否応なしに行わねばならない、周期末ですね。それは皆さん方が今まで犯してきた罪の償い。まいた種は必ず刈り取るという法則がございまして、これは肉の存在がある限り行われるであろう。
最後の審判は必ずあるものです。
どこに逃げようが、自殺しようが、自分の犯した罪から免れる者は一人も存在しない。
その時、日本の富士が動くとまで警告されてるのでございます。

悪とは何かと言うと、肉に生きる限りにおいて、皆さん方は悪いことをいたします。罪を犯します。
罪人とは肉に生きた人間なんです。
大霊は普遍ですから、全我ですから大調和、大愛ですから罪なきものなんですけども、
肉は毎日、人を憎んだり、悪口を言ったり、あるいは自然を破壊したり様々な悪い事をするわけです。

神から与えられた、地水火風という天の恵みをみんな穢してしまった。これはみんな人間の欲望がなしたものであると。この償いは我々が為さねばならない。
その償いは必ず天変地異として襲いかかってくる。大洪水、水の洗霊、火の洗霊を受けるだろう。
死ぬ者も苦しみ、生き残る者も苦しみとして、ここ数年間で行われるだろう。
今、皆さん方は心を改めるべきかと思います。

心を改めよとは、意識を改めよと。個人意識状態から宇宙意識へ改めよと。即ち意識の革命なんです。
ここで何年間も話を聞きながら、皆さん方は悔い改めをしていない。

邪心から本心である良心へと、寛大な心へと、個人的意識から宇宙意識、普遍的意識へと改めて頂きたい。

posted by と^と^ at 17:18| 最後の審判・ふるい分け | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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