2021年12月27日

B - 287 全ては神 (神一元)   1989.06.02

10:54
あなた方が絶対なる神への信仰を持っているならば、この世に不調和というものが現れるでしょうか。あるいは恐怖というのがあるんだろうか。
恐怖は神への信頼感から来るんだろうか、不信感から起こるんだろうかということです。

事故・災難が起こりはしないか、悪いことが起こりはしないか・・不信感から来るのか、信仰から来るのか、心配は?
神への疑問、疑いから来るんです。

真の信仰、神への信仰を持っているならば、絶対なる平安があるはずです。心配のひとかけらもない。
不安も恐怖感も何もない。絶対なる信仰を持った時、真の安らぎが現れます。

絶対なる神一元論で通せるんだろうか。この世の中に悪魔がおって、サタンがおって、支配されはしないか、襲われはしないかというのは信仰でしょうか。

死にはしないか、病気になりはしないか、肺病になりはしないか、あるいは貧乏になって食いはぐれはしないか、そういう思いがあなたにあるなら、あなたは神信者ではありません。

あなたを養っているのは、管理しているのは誰ですか?
あなたの肉体の管理者は誰でしょうか? あなたでしょうか。内なる方でしょうか。
神。
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2020年10月04日

A261 神我は天 自我は地

48;21
世界中の人から何とか言われようが、反対されようが、自分が神であるという信念変える?
その信念をコロコロ変える人を、砂の上に建てられた教会ですよ。
自分が神であるという信念を変えない人は岩の上に建てられた信仰・教会です。
人の言葉や目に振り回されるあなた方であっては困るわけです。

強い信念、神への信念・信仰というものを揺れ動かしてはなりません。
それがはっきり出来て、初めて不動心ですよ。岩の上に建てられた信仰、教会ですよ。
砂の上に建ってる間は、すぐ波風が来たら、何か言われたら、ガラガラと総崩れしますね。何だったんだろうと。
今まで話を聴いていて信仰を持っていたのが、総崩れするわけですから、一度に。また建て直さなければならない。
建て直しても建て直しても、人から崩されるわけですから、ゴロゴロ変わる人がいるんですね。
そんなものが到底、真の神への信仰を持つことはないだろう。

ここから崩れ去っていくものは、みんなその調子で崩れ去っていきますね。途中でもう諦める。
自我の方が、まあいいやと。今生はもう自我で終わりましょうと。仮相で終わりましょうと。昇天しなくていいやと。地獄の方がいいやと。

だから、いったん地獄という自我意識に落ちるとなかなか抜けきれないというのは、その意味なんですね。

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2019年10月03日

B230 信仰について

15:41 外人さんは、ご先祖の祟りや水子の祟りや悪霊の祟りを信じてませんので、そういうものに完全に自らの心を悪に開いてない、閉ざしてる状態ですから、外人さんは悪霊の祟りを受けないんです。
なぜ、沖縄の人は悪霊の祟りを受けるかと言うと、悪霊の祟りを信じて、悪霊に心の扉が開かれているからです。
で、現実にあるんじゃないかと。あります。それは自分が開いたんです。閉ざせばないけれども、開くことによってあるという結果を生み出しています。

外人さんは信じないことによって陽気で生活することが出来るのに、なぜ沖縄の人は陰気で、ご先祖の古い習慣性を信じて、闇の信仰をして、ご先祖の祟りを信仰して心の扉を開かれる。そうすると、どんどん入ってくる。皆さん方がそれを否定し、拒否したとき、完全に閉ざされていますので、心の扉には入りっこないんです。
それは皆さん方が、ちょっとでも恐怖を持ったり、それを信じたりすることによって入ってまいります。
そういう悪霊を構って信じて信仰してるものは、悪の信仰であって、闇なる信仰、災いの信仰をしています。それを黒魔術と言います。

白魔術と言うのは、光に心が向いて、悪の扉をピシャリと閉めて、神の完全なる愛と慈悲に満たされた心に全開して、光をいただき完全なる我々を守っていただく...
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2018年02月25日

疑問     A188

だから、野の中に1本の綺麗なユリを咲かすには並大抵のものではない。雑草にも波風にも負けない神への信念というものが、非常に深い信仰として岩の上に建てられた教会のように。根強く生きる野のユリのごとく。
本当に、周囲に自分より高い雑草があっても、それに負けないで綺麗な神々しい真っ白い純白のユリの花を咲かしておりますね。
その匂いは何とも言えない神々しい匂いです。そして、その色は何とも言えない純白です。
皆さん方に、その時は参ります。皆さん方もいつぞや、この肉に目も眩まんばかりの純白の白光を射すであろう。
それは、野のユリと話になりません。その時は必ず参ります。純白です、純光です。
それが、いかなるものの穢れも受けない、この物の影響を受けないときは必ずお約束されているのです。
皆さん方も神に突入する時、神に対しての疑問が全て解けた時、この世の物に対しての疑問が全部解けた時、穢れが落ちるのでございます。
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2018年01月11日

汝の信ずるもの表現する   B188

あなた方は悪いことを信じているのか、いいことを信じているのか、どっちを多く信じていますか?
あなたの心が何を信仰して生きているのか、悪いことなのかいいことなのか、これをよく選択して信じるものを変換しなくちゃ、あなた方はそこに縛られるということです。
この世の中の人は我は罪深いものだ、いや我は病気は免れないものだ、死は免れないものだという信仰をみんな持っているんです。
それは、必ず罪と病と死から免れません。必ず支配されます。
なぜなら、その創造原理においてそれを信じたんですから。神を信仰したんじゃなくて、悪しき不完全なものを信仰しましたので、これを不完全信仰というわけですね。
不完全を信仰するものは不完全に支配されます。いいものを信じることなんです。
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