15;54
あなた方が迷っていようが、苦しんでいようが、真実なるものは一向に苦しんでいませんので、
あなた方の悩み苦しみというのは実在ではなく、あなたの作った一つの迷妄にしか過ぎない、お芝居にしか過ぎないんですよ。
神は、一度も苦しんだことがないんですよ。
あなたの幻想や幻影で、色々の様々なものを、あなたが勝手に作り出した幻想にしか過ぎないんです。悩み苦しみというのは。
あなたがちょうど夢を見て怯えているようなもの。あなたの外念の世界で考えているものは、即ち夢を見ているような、真昼間夢を見ているようなものなんです。
だから、そう可哀想だと思ってはならないですね。可哀想だと思う必要はないんですよ。
実在するの?悩み苦しみというのは。幻想ですよ、幻影ですよ。
あの人、苦しいんだろうなと。苦しみから救ってあげたいという非常に思ってる人は、良心的だと思ってる人がおりますけども、この苦しみを通してあなた方が目覚めるということを知らねばなりません。
この肉体を自分だと思っている、仮相の自分を自分だと思っている人間のことを、『眠れる魂』と言ってるんですね。
『目覚めよ』と言うことは、自分が神であるということに目覚めねばならないんですよ。
しかし、迷いって実際にあるの? ないですね。
神が迷うことあるの? 全てが神であるならば、迷いがそこに実在するはずがないんです。
だから、迷いとは何かと言うと、幻想にしか過ぎないんですね。幻影にしか過ぎないんです。
迷える霊なんて、どこにも存在しないんです。霊は神ですよ。
2021年06月18日
2020年09月30日
B253 神の心 人の心
11;44
神の心は無苦です。無苦ということは苦しみがないということです。
人の心は自らの苦しみを作り上げるわけです。これを苦界と言うんです。
極楽浄土と皆さん言いますけれど、神の心が極楽浄土です。
皆さん、神の心に寛大な心にならない限り争いますので、あなた方から苦しみがなくなることはないと。
だから、全一体感になって、普遍的・宇宙的自分というものを体験せねばなりませんね。
常に神を思うということは、常にあなた方が普遍意識でなければならない、という意味です。
神の心になるということは、普遍意識状態が神の心です。
だから、皆さん方、全一体感ですから、誰とも争わない。憎まない、怒らない、嫉妬はしないと。
それが、大愛という意味をもってます。大調和という意味をもっておりますね。
神は争わないんです。分離感をもった人の心が憎しみを持ちます。怒りを持ちます。嫉妬を持つわけですけれども、
我々が本当の寛大な心という宇宙大の心を持ちますと、争わないですね。
争いがなくなれば、苦しみがなくなるんです。
神の心は無苦です。無苦ということは苦しみがないということです。
人の心は自らの苦しみを作り上げるわけです。これを苦界と言うんです。
極楽浄土と皆さん言いますけれど、神の心が極楽浄土です。
皆さん、神の心に寛大な心にならない限り争いますので、あなた方から苦しみがなくなることはないと。
だから、全一体感になって、普遍的・宇宙的自分というものを体験せねばなりませんね。
常に神を思うということは、常にあなた方が普遍意識でなければならない、という意味です。
神の心になるということは、普遍意識状態が神の心です。
だから、皆さん方、全一体感ですから、誰とも争わない。憎まない、怒らない、嫉妬はしないと。
それが、大愛という意味をもってます。大調和という意味をもっておりますね。
神は争わないんです。分離感をもった人の心が憎しみを持ちます。怒りを持ちます。嫉妬を持つわけですけれども、
我々が本当の寛大な心という宇宙大の心を持ちますと、争わないですね。
争いがなくなれば、苦しみがなくなるんです。
2020年05月14日
B244 全我とは何か
0:07
全我とは字のごとく、全ては我という意味でございますけれども、なかなか全ては自分という境地、思いが起こせないのですね。
本来、個人とか、他人というのは存在しないのに、皆さん方はどうしても個人とか他人というものを感覚で感じまして、それが存在してるように思ってるわけですよ。
他人があると思ってるかぎり、皆さん方は迷いでありまして、自我でありまして、他人なんか存在してないんですよ。全部、我なんですよ。
その意味がわからないで、皆さん方は争い、憎しみあい、怒りあい、そしりあいがあるわけですね。
生命の世界に他人がおるんでしょうか? ないんですね。
なぜかと言うと、人間一人一人は、全一の生命、唯一不二の生命で、一つの生命に基づいて生かされているんです。
8:02
あなた方の、今の悩み苦しみは実在ではないんですよ。実際にあるのは幸せだけですよ。幸ですよ。
あなたを不幸にしてるのは、あなた自身であって、誰がもあなたを不幸にしませんよ。
あなたが全てを愛するあなたであったとすると、世の中に不幸というのは存在できないんですよ。苦しみというのは存在できないんですね。
その苦しみというのは、あなたの不調和が作り出しているんですよ。
全部、身から出たサビですよ。
自他を感じて、人を憎んでみたり、怒ってみたり、そしってみたり、悪口を言ってみたりするからですよ。それがない人は苦しいですか?
あなた方が調和そのもの、愛そのもので生きたとすると、苦しみは存在するんでしょうか? しないんでしょうか?
全我とは字のごとく、全ては我という意味でございますけれども、なかなか全ては自分という境地、思いが起こせないのですね。
本来、個人とか、他人というのは存在しないのに、皆さん方はどうしても個人とか他人というものを感覚で感じまして、それが存在してるように思ってるわけですよ。
他人があると思ってるかぎり、皆さん方は迷いでありまして、自我でありまして、他人なんか存在してないんですよ。全部、我なんですよ。
その意味がわからないで、皆さん方は争い、憎しみあい、怒りあい、そしりあいがあるわけですね。
生命の世界に他人がおるんでしょうか? ないんですね。
なぜかと言うと、人間一人一人は、全一の生命、唯一不二の生命で、一つの生命に基づいて生かされているんです。
8:02
あなた方の、今の悩み苦しみは実在ではないんですよ。実際にあるのは幸せだけですよ。幸ですよ。
あなたを不幸にしてるのは、あなた自身であって、誰がもあなたを不幸にしませんよ。
あなたが全てを愛するあなたであったとすると、世の中に不幸というのは存在できないんですよ。苦しみというのは存在できないんですね。
その苦しみというのは、あなたの不調和が作り出しているんですよ。
全部、身から出たサビですよ。
自他を感じて、人を憎んでみたり、怒ってみたり、そしってみたり、悪口を言ってみたりするからですよ。それがない人は苦しいですか?
あなた方が調和そのもの、愛そのもので生きたとすると、苦しみは存在するんでしょうか? しないんでしょうか?
2019年06月22日
B224 最高の悟り
悩み苦しみはどこから出てきたんだろうか? 悩み苦しみの原因は誰が作ったんですか? 自分ですね。
子供達には悩み苦しみはないんです。不安も恐怖もありません。金はどうするかという考えもありません。食べ物はどうするかという考えもありません。いい洋服を着けなければ大変というのもありません。
だから、皆さん方も子供のような魂にならない限り、神の国に至ることはない。
幸せな人間とは、子供と賢者方のみが幸せなんです。
賢者方は幸せなんです。なぜなら不安や恐怖がないんです。今後どうなって行くんだろうか、何をしなくちゃならないんだろうか。金はないけどどうしようかとか、そういうことは一切ありません。
皆さん方は色々とこの世の物の欲望、物的欲望、俗世の欲望というものが出てくるがゆえに、その欲望があなた方をがんじがらめに支配して、そこから不安や恐怖、悪しきものを拾い上げています。
子供達には悩み苦しみはないんです。不安も恐怖もありません。金はどうするかという考えもありません。食べ物はどうするかという考えもありません。いい洋服を着けなければ大変というのもありません。
だから、皆さん方も子供のような魂にならない限り、神の国に至ることはない。
幸せな人間とは、子供と賢者方のみが幸せなんです。
賢者方は幸せなんです。なぜなら不安や恐怖がないんです。今後どうなって行くんだろうか、何をしなくちゃならないんだろうか。金はないけどどうしようかとか、そういうことは一切ありません。
皆さん方は色々とこの世の物の欲望、物的欲望、俗世の欲望というものが出てくるがゆえに、その欲望があなた方をがんじがらめに支配して、そこから不安や恐怖、悪しきものを拾い上げています。
2019年06月08日
B222 大宇宙は神の体
なぜ、あなたは苦しんでおりますか。苦しみの原因は何にあるんですか。
人を謗ることによって、憎むことによって、憎しみが多くなればなるほど、あなたは苦しむはずです。人を謗れば謗るほど、あなたは苦しむはずです。
なぜなら、あなたは人を憎んでるつもりが自分を憎んでおり、人を謗っているつもりが自分を謗っているからなんです。
あなた方が今までの過ちに早く気づいていただいて、人間の救いというのは神の根源というのは愛しかないんだと、、
愛しかないということは神しかないということです。
憎しみや怒りに生きるものは、神の御心に反しているものです。これを罪、汚れと言います。
あなた方は罪を犯せば必ず報いるという法則がございます。
あなたはあなたを傷つけあって自分で唸っている愚かな道を選んでいるからでございます。
あなたが人を憎んでいるなら、必ず自分を憎んでいると思いなさい。
人に為してることは、全部自分に為してることでございます。
人を愛すれば、自分を愛してることでございます。
人を憎めば、自分を憎んでいることでございます。
なぜなら、不離一体、全一体であるからです。
人を謗ることによって、憎むことによって、憎しみが多くなればなるほど、あなたは苦しむはずです。人を謗れば謗るほど、あなたは苦しむはずです。
なぜなら、あなたは人を憎んでるつもりが自分を憎んでおり、人を謗っているつもりが自分を謗っているからなんです。
あなた方が今までの過ちに早く気づいていただいて、人間の救いというのは神の根源というのは愛しかないんだと、、
愛しかないということは神しかないということです。
憎しみや怒りに生きるものは、神の御心に反しているものです。これを罪、汚れと言います。
あなた方は罪を犯せば必ず報いるという法則がございます。
あなたはあなたを傷つけあって自分で唸っている愚かな道を選んでいるからでございます。
あなたが人を憎んでいるなら、必ず自分を憎んでいると思いなさい。
人に為してることは、全部自分に為してることでございます。
人を愛すれば、自分を愛してることでございます。
人を憎めば、自分を憎んでいることでございます。
なぜなら、不離一体、全一体であるからです。
2018年06月16日
A59 肉体は感覚体 幽体は感情体 霊体は精神体
我々は肉体の『死』とともに、感覚がなくなりますから、一切の悩み・苦しみから解放されるわけです。
幽界には、悩み・苦しみはないんで、痛いとか、苦しいという感覚がないんですね。
だから、肉体から去るとともに、病気から解放されるんですよ。
もう、幽体には病気は存在できない。感覚がないから。
悩み・苦しみ、痛いという感覚は、全部、”肉体”に属するものなんです。それは、感覚の世界と。
そのエーテルが鈍重な人と、薄い人がいますので、敏感な人と鈍感な人が出てくるんです。
しかし、そのエーテルが濃ゆいから、薄いからというのは、そう影響はないんです。
非常にエーテルが濃ゆい人は、やっかいな問題が起こるのは、
本来は肉体の死とともに、このエーテルも分解されるべきなんですけれども、分解されないで、あまりにもエーテルが”活発化”していると、『幽霊』となるんですよ。
幽霊と言うより、肉体という形体の「残像」として残る。
これが、残像として残っているのが、自分の住処に現れたり、お墓に現れたり、、
しかし、そのエーテル体には何の『機動力』(起動力)もないんです。何の力もないんですよ。
幻のようなもの、人に悪害や有害を及ぼす力もないんです。
しかし、人間はそれを見て怖がる、感覚で自分を苦しめるわけです。
だから、火葬しますと、肉体とエーテル体が同時に分解されますので、なかなか幽霊というものは出にくいですね。残像が分解されますので、火で焼いて。
埋葬の場合だと、自然分解ですから、エーテルというものが残りやすいんですね。だから、仏教では"火葬"の方を選ぶんですね。
今の世の中に幽霊が少なくなった、昔は幽霊話でいっぱいだったけれども、、 昔は埋葬だったんです。今は、ほとんど火葬になってしまいますからね、幽霊話はなくなるわけです。
幽界には、悩み・苦しみはないんで、痛いとか、苦しいという感覚がないんですね。
だから、肉体から去るとともに、病気から解放されるんですよ。
もう、幽体には病気は存在できない。感覚がないから。
悩み・苦しみ、痛いという感覚は、全部、”肉体”に属するものなんです。それは、感覚の世界と。
そのエーテルが鈍重な人と、薄い人がいますので、敏感な人と鈍感な人が出てくるんです。
しかし、そのエーテルが濃ゆいから、薄いからというのは、そう影響はないんです。
非常にエーテルが濃ゆい人は、やっかいな問題が起こるのは、
本来は肉体の死とともに、このエーテルも分解されるべきなんですけれども、分解されないで、あまりにもエーテルが”活発化”していると、『幽霊』となるんですよ。
幽霊と言うより、肉体という形体の「残像」として残る。
これが、残像として残っているのが、自分の住処に現れたり、お墓に現れたり、、
しかし、そのエーテル体には何の『機動力』(起動力)もないんです。何の力もないんですよ。
幻のようなもの、人に悪害や有害を及ぼす力もないんです。
しかし、人間はそれを見て怖がる、感覚で自分を苦しめるわけです。
だから、火葬しますと、肉体とエーテル体が同時に分解されますので、なかなか幽霊というものは出にくいですね。残像が分解されますので、火で焼いて。
埋葬の場合だと、自然分解ですから、エーテルというものが残りやすいんですね。だから、仏教では"火葬"の方を選ぶんですね。
今の世の中に幽霊が少なくなった、昔は幽霊話でいっぱいだったけれども、、 昔は埋葬だったんです。今は、ほとんど火葬になってしまいますからね、幽霊話はなくなるわけです。

