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この肉体は女性原理なんです。受動原理、受け身なんです。
だから、肉体は人から物をもらうことを喜びとするんです。女性が男性に愛されたいと思う、愛を欲求するその原理ですから、愛されたい。
だから、肉に生きているものは、自分は一向に愛しようとはしないけれど、愛されたいと。肉に生きている人間は、誰かが私を愛してくれないかなという受動原理で受け身で生きているんですね。
生命に生きている人間は能動原理ですから、全てを愛したい、与えたいという想いで生きるんですね。
だから、自我は貰いたい。自我は貰うことを喜びとします。真我は与えることを喜びとするんです。能動原理ですから、貰うことを喜びとするはずがないんです。
その貰う喜びと、与える喜びとの中間、中性ですね。貰うことと与えることのバランスがとれた状態。これを完全状態と言うんです。
だから、女性と言うのは、、この世の女性のことを言ってるんじゃないですよ。陰極のことを言ってるわけですよ。
しかし、それが女性のエネルギーとして、それが現れているんですね。女性原理として。
だから、女性は誰かに愛されたい、旦那さんに愛されたい。あるいは物への執着と言うのは、女性が強いですね。
いつも、女性というのは男性がいないと寂しい。愛する者がいないと寂しい。また、男性は愛できる人がいなければ寂しいんです。女性は愛してくれる人がいないと寂しいんです。
それも一つの陰陽の原理として、能動原理と受動原理、即ち男性原理と受動原理とが働いているんですね。現に現れているわけです。
しかし、本当にあなたが自分自身の中に、自分が女性であると同時に男性であるという”中性”の自覚ができますと、強いて結婚する必要はないんです。だから、イエス様は独身で過ごされた。
完全なる陰陽のバランスをとっておられましたので、自分自身で女性であり、男性ですから。
私達が本当に中性と言う陰陽の法則そのものであれば、私達そのものが中性になりますから、色々のものから解放されるんですね。

