2019年04月16日

A224 愛の法則

世の中から病気がなくなるには、どうすれば世の中から病気がなくなりますか?
お互いが愛しあって、調和しあって初めて世の中から病気はなくなりますね。
不調和が起これば、不調和が激しくなればなるほど、世の中に病気が誕生してくるんです。今まさに末法という不調和の世の中で、親子同士は殺しあうし、憎しみあうし、色々の隣人との付き合いは不完全であるし、身内のもの同士も不完全であるし、その不完全の状態を末法/無法と言うんですね。
不調和そのものは無法ですよ。だから、無法地帯ですから不完全の世の中です。それを末期、カリユガの時代とも言うわけです。
その宇宙の法則、地球の法則は我々が破壊していきますよね。どんどん破壊しますと、地球上がどんどん不完全になるのは当たり前ですね。
そうすると、地球は死を招くわけですから、それを天変地異と皆さん呼んでるわけです。

だから、地球に住んでる我々が愛と調和にならない限り、もとの本源本質に帰らない限り〜
今は光の世の中ですか?闇の世の中ですか? 今は数え切れないほどの病気があります。
これは、陰極と陽極のバランスが崩れたからです。ネガテブを多く吸収したと。
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2018年10月01日

A210 生命は一つにして多身 何ぜ

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まだまだ、皆さんには分離感があるんです、「あの者は〜」「この者は〜」という噂話しをする、悪口を言う。これは、一体感? 分離感?
この者が、この者と言えるの? 自分自身なんですよ。
だから、悟りというものは嘘がつけない。
その不調和そのものが、「迷いそのもの」。
あなたは、悟っているから不調和があるんですか? 
悟らないからですか?
あなたは悟ったら、みんなと調和するはずですよ。誰の悪口も言わない、憎まない、怒らない、謗らない。
悟った人に、妬みや、怒りや、謗りや、嫉妬やそういうものがあると思う?
じゃあ、迷っているか、悟っているか、誰が一番知っていますか?
これがあるかぎりは、迷いがあるということなんです。
全体が一つということをみなしてないから、そういう不調和が生まれてくるんですよ。

もう、不調和だらけでありながら、「私は悟っている」という嘘はつかないと思いますね。
悟りとは、『調和』です。

この世で一人だって、嫌いな人があってはならないんですよ。
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2017年04月11日

不調和   B163

今、自分が自我であるか真我であるか簡単に見抜く方法は、今自分は不調和なのか調和なのかで見抜きなさい、と私は今日言いたいんです。
迷っているか悟っているかは、その人が調和されているか不調和か。
人の悪口を言う人は迷い人、自我人です。悪口は自我からしか出ないんです。神我からは人の悪口なんか出てきません。真我は愛です、調和です。
だから、憎しみというのは自我から出るのであって、真我からは出ません。皆さんが調和一元、愛一元になっていたら、もう悟っています。
この大生命、自覚者になっています。
だから、あなたが全てを愛して、全てと調和して、始めて皆さん方は神と共に生きる特権が与えられます。一人でも憎いものがいたら、神と共に生きる特権は与えられます? その一人も自分自身であり神であるからです。
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2017年03月15日

不調和   B163

誰かと不調和を起こした瞬間、あ、私は今自我が出たんだな、と思えばいいんです。幼稚なんだなと。
だから幼稚の魂というのは不調和だらけなんです。熟した魂というのは愛深いんです、情けが深いんです。なかなか人と不調和起こさない。
だから、あの人は魂的に高いな、低いなというのは簡単に見抜けますね。もう怒りっぽい、妬みっぽい、そしりっぽい、嫉妬深い人はなーんて未熟な魂なんだろうと。まだ幼稚の魂とみて結構です。どんなにひげを生やしても同じことです。魂が子供みたいなものだから。
馬鹿にしてはなりませんよ。私達も元はそうだったということです。自分が熟したからといって、未熟の魂を罵ったり、貶(けな)したりしてはいけません。貶したりするならば、その本人も、貶してる方も未熟なんです。
それを愛(いと)おしく思わなければならない。それを育て上げるという、手助けしてあげるということが大切ですね。
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2017年03月14日

真実の自分と現実の自分    B162

命の自分と肉の自分は表裏一体、うら‐おもての関係ですから、切り離すことはできない。
その内側の陽極と、外側の陰極のバランスのことを”調和”と言っているんです。
そのバランスのとれた人を、調和のとれた人間と言います。
この調和のとれたとき”光人間”となります。あるいは力です。
皆さん方は、一方的に陰性である見える現実に片寄っているということは、陽極と陰極のバランスを崩していますから、そこからは”不調和”が生まれてきます。
不調和の人のことを”闇”と言います。そして無力と言います。
電気的なものも陰極と陽極のバランスを崩すと光も力も出てきません。
この闇から何が出てくるかというと、”病気”が出てきます。
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2016年03月05日

調和と不調和

真理そのものは調和でして、真理を知った時、不調和と言うのは消えます。真我は調和、自我は即不調和です。
外側を見るとどうしても自分、他人というのがあります。内側を見れば、自分以外何もありません。分離感を持ったものからは、必ず対立というのがありますから争いになるのですね。真理を知っていると言いながら、争ったり、人を憎んでいるのは真我ですか、自我ですか?
 真我は争いませんよ、人の悪口も言いませんよ、憎みませんよ。
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