2020年04月16日

A252 何ぜ神は大調和か

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小さな調和というのはありません。小さな愛もありません。少し愛するというのもないんです。
神には、中途半端、中間というのはないと。神は普遍ですから、大調和、大きな愛があるだけなんです。
小さな愛とか、小さな生命、皆さんは小さなものが好きですが、小さな悟りというのもありません。
大悟、大きな悟りがあるだけで、少し悟っているというのはないんです。全部悟ることがあるだけです。
迷いなのか、悟りなのかしかないんです。
大きなものか、小さいものか、しかないんです。

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神の国は霊と水の国と言いますが、水について具体的に説明したいと思います。私達がいう水のことじゃなくて、不可視の質料、エーテル質料、無限なる質料のことです。
そのエーテル質料と霊とが重なり合って存在してるわけです。+と−が一つとなりましたら、中性と、調和ということを意味してます。
質料も大きなもの、霊も大きなものですから、大調和しかない。
宇宙法則とは何か?と言ったら、調和と言ったらいいです。愛と言ったらいいです。
その愛、大調和がなかったら物は生まれない。即ち形の質料と、霊とが合体して、形あるものに命が存在するようになったんです。
その水の質料から霊が抜けましたら、形自らは無ですから、消え去るしか、形は崩れるしかない。これを皆さん方は死と呼んでるわけです。
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2019年04月16日

A224 愛の法則

世の中から病気がなくなるには、どうすれば世の中から病気がなくなりますか?
お互いが愛しあって、調和しあって初めて世の中から病気はなくなりますね。
不調和が起これば、不調和が激しくなればなるほど、世の中に病気が誕生してくるんです。今まさに末法という不調和の世の中で、親子同士は殺しあうし、憎しみあうし、色々の隣人との付き合いは不完全であるし、身内のもの同士も不完全であるし、その不完全の状態を末法/無法と言うんですね。
不調和そのものは無法ですよ。だから、無法地帯ですから不完全の世の中です。それを末期、カリユガの時代とも言うわけです。
その宇宙の法則、地球の法則は我々が破壊していきますよね。どんどん破壊しますと、地球上がどんどん不完全になるのは当たり前ですね。
そうすると、地球は死を招くわけですから、それを天変地異と皆さん呼んでるわけです。

だから、地球に住んでる我々が愛と調和にならない限り、もとの本源本質に帰らない限り〜
今は光の世の中ですか?闇の世の中ですか? 今は数え切れないほどの病気があります。
これは、陰極と陽極のバランスが崩れたからです。ネガテブを多く吸収したと。
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2018年10月01日

A210 生命は一つにして多身 何ぜ

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まだまだ、皆さんには分離感があるんです、「あの者は〜」「この者は〜」という噂話しをする、悪口を言う。これは、一体感? 分離感?
この者が、この者と言えるの? 自分自身なんですよ。
だから、悟りというものは嘘がつけない。
その不調和そのものが、「迷いそのもの」。
あなたは、悟っているから不調和があるんですか? 
悟らないからですか?
あなたは悟ったら、みんなと調和するはずですよ。誰の悪口も言わない、憎まない、怒らない、謗らない。
悟った人に、妬みや、怒りや、謗りや、嫉妬やそういうものがあると思う?
じゃあ、迷っているか、悟っているか、誰が一番知っていますか?
これがあるかぎりは、迷いがあるということなんです。
全体が一つということをみなしてないから、そういう不調和が生まれてくるんですよ。

もう、不調和だらけでありながら、「私は悟っている」という嘘はつかないと思いますね。
悟りとは、『調和』です。

この世で一人だって、嫌いな人があってはならないんですよ。
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2017年05月28日

生命は光明 肉体は無明

あなた方は相対性理論、すなわち外という不調和と内という調和と、相対性理論。
内なる我と外なる我とを分離して物を見るから、不調和と調和が存在するように見えるだけです。
内なるものと外なるものが一つになったとき、そこには不調和は存在できない。

愛のあるところに不調和は存在できますか?
光と闇とは同居できません。
油と水と交わらないという意味です。

皆さん方、善悪の中に生きているということは、分離観でものを見るから善/悪が存在するのです。
善もあれば、悪もあるんですか?
調和もあって、不調和もあるんですか?
実在においては調和があるのみなんです。
ひとつものからは、ひとつしか出ません。

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2017年04月11日

不調和   B163

今、自分が自我であるか真我であるか簡単に見抜く方法は、今自分は不調和なのか調和なのかで見抜きなさい、と私は今日言いたいんです。
迷っているか悟っているかは、その人が調和されているか不調和か。
人の悪口を言う人は迷い人、自我人です。悪口は自我からしか出ないんです。神我からは人の悪口なんか出てきません。真我は愛です、調和です。
だから、憎しみというのは自我から出るのであって、真我からは出ません。皆さんが調和一元、愛一元になっていたら、もう悟っています。
この大生命、自覚者になっています。
だから、あなたが全てを愛して、全てと調和して、始めて皆さん方は神と共に生きる特権が与えられます。一人でも憎いものがいたら、神と共に生きる特権は与えられます? その一人も自分自身であり神であるからです。
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2017年03月15日

不調和   B163

誰かと不調和を起こした瞬間、あ、私は今自我が出たんだな、と思えばいいんです。幼稚なんだなと。
だから幼稚の魂というのは不調和だらけなんです。熟した魂というのは愛深いんです、情けが深いんです。なかなか人と不調和起こさない。
だから、あの人は魂的に高いな、低いなというのは簡単に見抜けますね。もう怒りっぽい、妬みっぽい、そしりっぽい、嫉妬深い人はなーんて未熟な魂なんだろうと。まだ幼稚の魂とみて結構です。どんなにひげを生やしても同じことです。魂が子供みたいなものだから。
馬鹿にしてはなりませんよ。私達も元はそうだったということです。自分が熟したからといって、未熟の魂を罵ったり、貶(けな)したりしてはいけません。貶したりするならば、その本人も、貶してる方も未熟なんです。
それを愛(いと)おしく思わなければならない。それを育て上げるという、手助けしてあげるということが大切ですね。
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