2020年02月02日

A244 生命は光 肉体は闇 何ぜ

40:06
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肉体とは何かと問われたとき、生命が着けている衣装ですと、答えきれねばなりませんよ。
あなた方はそうだとは思わないで、肉体そのものが自分だと思い込んでいるんですよ。これを、盲信家と言うんですよ。偽物の自分を信じこんでいるんですよ。あるいは、盲目の人生と言うんですね。

57:36
お墓には生命も霊も存在しないんですよ。お墓に祀っているのは生命でもない、霊でもない、死骸ですよ。質量なんですよ。
お墓には生命を祀っているのではなくて、三合のカルシウムを祀っていますので、じゃあ、お墓って怖いところなんですか。
あなたはカルシウム食べているのに、お墓のカルシウムが怖いはずはないでしょう。何千万もかけてカルシウムを祀る、ママゴト遊びはやめてくれと。
だから、アメリカのやり方が大切なんです。土は土に返せなんです。物質は物質に返せなんです。
本当は私は埋葬が大好きです。まあ、火葬にしてもいいけども、それは土に返すべきですね。

59:29
その肉体衣装というのは、宇宙のチリで出来た原子と電子のものなんですから、そんなものが何もできるわけないんですよ。
そんなものを怖がる必要は全くない。


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2018年09月16日

B203 完全沈黙

沈黙とは、あなたが死ぬことです。
だから、あなた方は今、自分、自分だというものが死なない限りは、本当に生きるものとはならないんです。
あなたの我(が)が死なない限り。

そのことをイエスは十字架で象徴として、その肉我を殺して、真我の自分が蘇りましたでしょ。
あれ、象徴的なものですよ。

だから、そういうことを言葉では言い表せないから、自分の身体を通して世に示したわけですよ。
肉我を殺して、真我の甦りを、本物の蘇りを為されたんですから。だから、偉大な方ですよ。

あなた方も一度、十字架に架からねばならないということは、あなたの今まで『私』と思っているもの殺さねばならないんです。死ななければならないんです。

あなた方はこの世を去るときに、この世を意識していた自分がなくなって、本当に生きるものとなるんです。
だから、肉体からの解放は生きるものとなるんです。
あなた方は、肉の世界を意識している者は『死人』と言うんです。
この世が死の世界です。
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2018年09月09日

B169 死の克服

『即身成仏』と言いまして、内なるものと、外なるものが、おんなじ同一になれば、
もう肉体という存在はなくて、その肉体そのものが『霊体』というものに変わりまして、
この肉体でさえも、この世に脱ぎ捨てることなく、
そのまま『昇天』していく人もいます。

これは、即身成仏と言いますね。肉体とともに成仏した状態もあります。
そういう状態を皆さん方も起こせるように、一生懸命勉強し、学ぼうじゃありませんか。

だから、今日こういうお話しをすることによって、だいぶ肉に捕らわれていた、あなた方が、
「あ、これ、うまるやんなー」と、「くるまるやんなー」と、
(※方言で馬のようなもの、車のようなもの)、お洋服のような物なのか、ということで、
肉に対しての執着、捕らわれがなくなると思います。

あなたの本物は『内』にしかおりませんから、内から動かされているようなものですから、
どうか皆さん方、内観、すなわち内なる自分、霊的自分をもっと自覚しまして、内なるものの表現が外に顕現されんことをお願いいたします。

これを、知ることによって、皆さん方『死を克服』したものとなります。
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2018年09月08日

A208 不死不滅の魂

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[19:13]
この知花は小さい時から、人間には死はないということが解っていたんですね。
何ぜかと言いますと、私が7~8歳の時に、お父さんやお母さんに連れられて身内の者が亡くなりますと、そこに連れていかれます。
そうすると、そこに死体にすがみついて身内の者は泣き叫んでいるわけです。しかし、ここにもう一人の魂が、抜け殻はあるのに本人と同じような者がここに立って死んでないんですね。
なんで、本人はここにいるのに、あれは抜け殻なのに、みんなあれにすがみついて泣くんだろうと?・・
みんな、見てくれと、本人はここにいるんだよと、、、私はバカ扱いされましてね。この子供は気違いだと言って、もう葬式屋に連れてくるなと、何回も言うがゆえに。

その本人も自分が死んでないことを、身内の者、誰かに知ってもらいたいわけです。
死んで初めて、魂が永遠であるということを体験しているわけですから。
「あらまあ、死ぬまでは大変な死の恐怖感というものを持っていたんだけれど、魂は永遠ですから死なないわけですから、自分の抜け殻にすがみついてる身内の者の耳を引っ張ったり、いろいろ合図するけれども、バイブレーションが全然違いますから、誰も気づいてくれないんですね。
・・続く
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2018年07月11日

B37 生と死

この知花は、7歳位から人間の寿命というものを、天命というものを何回も見せつけられてきたんですね。
「あぁ、あの人は何月何日に死ぬな」、ということが解るんですね。

で、私に見せられた通り、何月何日の何時に必ず死ぬんですね。
定められてる。天命と言って。
どんなに病気治療しても、どんな施しをしても、死にます。

これは、何が定めたかと言うと、『生命』が定めたんです。
だから、戦争で死ぬ人も、死ぬ定めがあるんです。
あるいは、今度の大洪水で、川崎の方ですか?家族が死んだのも、全部、『天命』です。
あなた方は、あんな所に家を作らなければ生きていたのにと思っています。

死ぬべきにして、死ぬのであって、肉から離れるのであって、その肉我の意志ではどうすることもできない。
ほっておっても死にません。死ぬ時期が来ないかぎり。どんなに悪化しても、死にません。

あなた方は、死にたくても死ねない。長らく生きたくても生きれない。
この肉体では、肉我ではどうしようも方法がないんです。

肉体、自らは無ですよ。
命が一切の支配者、一切の権利を持っていますので。
解りますかな?

それが、はっきり解ったら、死の恐怖。心配、不安、恐怖は一切ありません。
あなたが、命を神に捧げてないから、死ぬ恐怖があるんですよ。

この知花に、恐怖がないと言うのは、私は死ぬ日にちも、ちゃんと解っていますし、帰るべき日も解っています。

皆さんとこの知花の違いは、私は生命を悟ることによって、『生命』は神我ですから、まあ もう少しこの世に留まらなくちゃならないという意志でもって、この命を延ばすこともできます。あるいは早めることもできます。
早く帰ることも、帰らないことも、自分で決めることができます。
これは、肉我で生きてるものは、どうしても不可能です。
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2018年07月02日

A204 自分を知った時 自分は消える

33:48
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それが、何名が本当に自覚をもって成し遂げるか?
これが、問題だと思うんです。
それが、はっきり実感ができなければ、まだまだ、「あなた」がありますよ。
自分がある限りは、私達は、苦しまねばならない。罪を犯さねばならない。死なねばならない。
肉を自分、形を自分だと思っているならば、死なねばならないでしょ? そうでしょ。
肉体を自分だと思っている者は、みんな、「死にゆくもの」なんですよ。
死ぬでしょ、肉体は。
だから、『肉に生きるは死である』と。

肉体を我だと思っている魂は、『死せる魂』ですよ。
その者は、まだ己を知らない。自分が見えない、自分が解らない。無知、そのもの。なんですね。


今なら、『無知』である、と言う意味が解るでしょ。
真実の自分、真の自己が見えない人は、『無知』でなくて何ですか?
『肉は、あなたじゃないんですよ。』

何があるかと言うと、『生命』があるのみ、なんですよ。
生命が、肉体という形を表しているだけなんですよ。
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