2019年03月05日

A220 神我は潜在意識 自我は表面意識 何ぜ

無限には過去世はないんですよ。来世もないんですよ。永遠しかないんですよ。
過去世があるのは自我であって、真我ではないですよ。
じゃあ、過去世の話しは真我の話? 自我の話?
真理ですか?非真理ですか?

そこをよーく、ご理解しませんと、過去世の話しを持ち込んで、人を騙してる連中が結構多いんですね。
無限という真我は過去を知らないんですよ。未来を知らないんですよ。永遠しか知らないんですよ。
その無限には過去世はないですよ。過去の無限、来世の無限なんてあった試しはない。

今即久遠。今即無限ですね。

初めからいたところ、今もいるところ、未来永劫にいるところなんですよ。帰るも帰らないもないんですよ、本来は。
今即天ですから。
皆さん、外側の世界にいると観念、外念があるだけじゃないですか、と言いたいんですよ。それを取り除けば、今即天なんですよ。
これを、皆さんに体験させたくて、うずうずしてるんですけど、
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2018年07月21日

B181  霊魂とは何か  

あなた方は、この地上界の現象界の歴史を、一生懸命学ぼうとするけれど、歴史は学ぶ必要がある?
あなたは歴史を知りたいの? あなたを知りたいの?
歴史を学ぶ時間があったら、なんであなたを学ばないの?

歴史は永遠に続くものなんですよ。歴史には終わりがない。
あなた、それを丸暗記したところで、現象ですから。非実在ですよ。
歴史をいくら学んでも、閉ざされたページのようなものですから、何の意味もありませんね。

大霊には、初めもあり終わりもありますか?
現象には、初めもあり終わりもありますけれど、
大霊は、死んだり生まれたりしていますか?
大霊には、過去・現在・未来がありますか?

あなたは過去世を知りたいの?
転生輪廻を繰り返してる魂は、迷った魂ですね。
輪廻は、非神理の話ですね。
だから、キリスト教では輪廻を否定したんです。

「死ぬものは再び生まれる」とは、死ぬ我が、常在、久遠の我に目覚めて、初めて死の克服です。
死を克服したら、輪廻は存在しないですね。

2018年06月19日

B197  自己限定は迷い

私、この知花がインドに行きました時には、私のおった部落には、だいたい一番若いので、200才。彼らには年齢がない。
年月というものを、私はいくつになったという話をする人は一人もいない。
また、感じたり思ったりしている人もいない。永久の中に生きているんです。
その生命には、真我には、年齢はございません。
皆さんは、肉体を我と思っていますから、何十何年に生まれたから、私はいくつになったと。
甚だしいものになると、暦(こよみ)に自分の誕生日を記して、お祝いをやる。限定することを、楽しみにしている人がおるんですね。で、誕生日をやらないと、顔ふくれ面をやると。
早く限定して、年取りたいという感じみたいなことを起こしています。
あるいは、無知な母親になると子供の誕生日は絶対に忘れない。この子はいくつに生まれて、いくつになったんだ、何十何年になったんだというのも、全て限定じゃないかということです。
この知花は年齢を聞かれた時に、すぐいくつになったなと、記憶さえもないのでございます。
昨日も、車の中で「先生はもういくつになる?」と、「私はいくつになるか分からないけど、16年生だと」。
年齢は、いくつになったか分からないですね。

2018年06月17日

B197  自己限定は迷い

皆さん方、おとぎ話の"竜宮"と言うのを、浦島太郎のお話しを聞いたことありますか?
そこには、年齢がないんです。時間も、空間も、距離も、年齢もないので、年をとるということがない。

だから、生命の世界、実在界、天上界には、『年齢の差』というのがない。みんな若いんです。
皆さん方、肉的には80才という年をとっても、気持ちのうえでは、18じゃないでしょうか?
そのような意識の状態が、その実在という世界では行われているんです。

私達は、意識的に、自分で自分の年をとる必要はございませんので、年齢というものの意識を、皆さん方、持たないように。
もう幾つになった、幾つになった、と数えないでください。
意識したものは、必ずその通りに具現されますので、年齢を意識しないこと。
だから、皆さん方、その年齢という制約、限定を取り外す。年月という、それを全部取り外してください。時間というものも全部取り外してください。何時でもいいじゃないですか。

何時と言うのは、「カチ、カチッ」とその一瞬一瞬の刻みが、どこで終わって、どこから始まったというのはないんです。永久運動ですから、永久にその時間というのは運動してるわけです。

だから、皆さん方は今、限定の中に生かされているんですか? 永久の中に生かされているんですか?
皆さん、今即永遠であるはずですよ。勝手に永遠でないと思っているだけです。無限ですよ。
永遠なる我、というのがはっきり解るようになると、自己限定は全てなくなります。

2018年06月04日

B197  自己限定は迷い

時間というのも本来はないのに、我々の観念というもので時間を作り上げてしまいまして、もう何時になった、何時になったと縛られてしまって、時間によって我々の自由を奪われてしまっている。そういう人もいるんですね。
本来は時間はありませんので、のびのびと、永久しかありませんので、永遠しかありませんので、のびのびと生きることが大切だと思うんですね。
時間に縛られる。年齢に縛られる。色々のものに、皆さん方は自分で作り上げた制約でもって、自分を縛り上げてしまう。これを、「不自由な人間」と言うんじゃなかろうかと。

私、この知花には年齢もなければ、時間もないのでございます。
それは、時間をルーズにするという意味じゃございません。時間の影響を受けないという意味です、時間に執着しないという意味です。
私ほど、1日1日の一瞬一瞬を永久の中に真剣に生きているものはないと、私は言いたいのでございます。
ただ、今の一瞬という実在の中に生きているのでございます。

ただ、皆さん方は時間に制限されたり、束縛されたりするのでございますけれども、よくここで学んでいる方々は、今日が何日なのか分からない。何曜日なの?今は何十何年なの?聞いても分からないのが、ほとんどだと思うんです。
それは、ある程度年月とか時間とか、そういうものを克服したと。制限制約を受けてないと。
今日は何日なのか、何曜日なのか分からない。これは、頭が悪いんじゃなくて、それに縛られているのが頭が悪いんです。
今日は何日で何十何年で、何曜日でと覚えているのが頭が悪いんです。そんなものに制限や制約、限定を受けない、のびのびとした、のんびりとした生活をしますと、私達は年をとらないんです。

2017年11月14日

霊とは何か   A185

あなた方は、”形”でしか物を見ないから、あなたとわたしの距離を感じていますけれども、それは正しく物を見てるから?
霊的に物を見れば、そこに時空間は存在してるのかということです。
一つのものの中に、遍満の世界に、時空間や距離があったためしはないということです。
その時空間を完全に克服して、初めてあなた方は’無碍自在’となるんです。

『距離を感じ、時間を感じ、年月を感じている限りは、あなた方は自縛です。』