21:54 皆さん方に今こうして神に至る道が示されるということは稀なことです。
今生で外れてしまえば、皆さん方、あなたの我でそれを見出すには、今日ここで聴いている言葉を知るには十転生かかります。
天啓を受けた魂が何であるかということを知るためには、色々の困難、色々の苦しみを体験し、病を体験し、様々な体験を通してようやく知るものとなるんです。
今聞いている、「天啓」というものを知るには、皆さん方は何転生も繰り返さなければなりませんよ。
ここで今、示されるのを素直に受け入れるか、あるいはあなた自らがそれを見出すのか。自らが見いだそうとするならば、皆さん方は容易なことではない。
道案内人がおるときに、秘密を明かすものがおるときに、これはあなた方にとっては秘められたものなんです。秘められたものだから、その天啓と言う意味が解らないんです。
自我では到底理解できない。天啓とは何か、インスピレーションとは何か解らない。
だから、それを解りやすく説明する人がおるときに理解しておかなければ、あなたは自ら追究して理解する時間は、ほとんど持ち合わせていません。
おそらく、自ら「天啓」という字を書き出して、これは何だろうかと考えることは今生であったと思いますか。ないと思いますね。
2019年09月15日
2019年08月17日
B227 天啓を受けた魂
0:48 皆さん方は、よく私にインスピレーションがあったと言いますが、本当の天啓という意味を知ってる人がいるんだろうかということです。
天啓とは、天と繋がっている者、即ち一体感ですね。今即天という境地に到達した方は、みんな天啓を受けているわけです。
天啓を受けた書には「聖書」がございますね。聖書はインスピレーション、天啓を受けた魂が書き上げたのが聖書なんです。
即ち自己に目覚めた人、神我に目覚めた方々は、みんな天啓を受けた方々なんです。
自我に生きてる方々は、天啓を受けてない魂なんですね。
天啓を受けた方を「天使」と言います。命に使えるもの。それを「使命」と言います。天命・天使・使命…
皆さん方はインスピレーションを受けるためには、天より下るパン、即ち生命のパンを食せねばなりません。
食するとは、受け入れるということです。
生命のパンを食しない限り、久遠に生きるものにはなりません。
10:30 だから、イエス様は私を食しなさい、私の血を飲みなさいと言ったんです。即ち、「聖体拝領」と教会辺りでは言ってますね。
そのことの意味が解らない。解るはずがありません。それは低我で自我で判断するからです。
ドグマで誤謬化して真理をひねくれて説いてしまっているんですね。
天啓とは、天と繋がっている者、即ち一体感ですね。今即天という境地に到達した方は、みんな天啓を受けているわけです。
天啓を受けた書には「聖書」がございますね。聖書はインスピレーション、天啓を受けた魂が書き上げたのが聖書なんです。
即ち自己に目覚めた人、神我に目覚めた方々は、みんな天啓を受けた方々なんです。
自我に生きてる方々は、天啓を受けてない魂なんですね。
天啓を受けた方を「天使」と言います。命に使えるもの。それを「使命」と言います。天命・天使・使命…
皆さん方はインスピレーションを受けるためには、天より下るパン、即ち生命のパンを食せねばなりません。
食するとは、受け入れるということです。
生命のパンを食しない限り、久遠に生きるものにはなりません。
10:30 だから、イエス様は私を食しなさい、私の血を飲みなさいと言ったんです。即ち、「聖体拝領」と教会辺りでは言ってますね。
そのことの意味が解らない。解るはずがありません。それは低我で自我で判断するからです。
ドグマで誤謬化して真理をひねくれて説いてしまっているんですね。
2019年06月14日
B222 大宇宙は神の体
あなた方は今わたしを見ているでしょうか? ただの人間を見ているのか、映しのあなた方を見ているのか。
あなた方は本物の目を開きなさい。この知花を通して、あなた方の目は次第にわたしを見るように仕向けられています。
意識は高まり、今まで外に向けていた意識が内に向けられて、内的ビジョンという実在界/霊の自分、久遠の自分、完全なる自分、そして全一体性の自分を偉大なる自分を感じつつあるはずです。
確かにここに来るたびに、皆さん方はこの知花を通して意識が高揚されつつあります。
高い意識の、肉の感化を超越した、わたしの今この知花を通して語る言葉は理解できないだろう。
わたしの言葉は、この肉という三次元を超越しているものであるからです。
わたしは目に見えるものに反応して語るものじゃなくて、真実なる実在する霊的次元からこの者を通して語るからなんです。
あなた方もこの者のようになりなさい。
わたしは今内より、御霊より語らされてる、この知花を反響板として使っているだけなんです。
皆さん方もわたしを受け入れるならば、あなた方も内なる声として、御霊の声として、わたしは皆さんを通して語りたくて仕様がない。
「声天より来たれり」。これが、わたしの声です。
あなた方の声はどこより来たれりなんでしょう。物質的三次元の影の声として聞こえるのです。
あなた方は本物の目を開きなさい。この知花を通して、あなた方の目は次第にわたしを見るように仕向けられています。
意識は高まり、今まで外に向けていた意識が内に向けられて、内的ビジョンという実在界/霊の自分、久遠の自分、完全なる自分、そして全一体性の自分を偉大なる自分を感じつつあるはずです。
確かにここに来るたびに、皆さん方はこの知花を通して意識が高揚されつつあります。
高い意識の、肉の感化を超越した、わたしの今この知花を通して語る言葉は理解できないだろう。
わたしの言葉は、この肉という三次元を超越しているものであるからです。
わたしは目に見えるものに反応して語るものじゃなくて、真実なる実在する霊的次元からこの者を通して語るからなんです。
あなた方もこの者のようになりなさい。
わたしは今内より、御霊より語らされてる、この知花を反響板として使っているだけなんです。
皆さん方もわたしを受け入れるならば、あなた方も内なる声として、御霊の声として、わたしは皆さんを通して語りたくて仕様がない。
「声天より来たれり」。これが、わたしの声です。
あなた方の声はどこより来たれりなんでしょう。物質的三次元の影の声として聞こえるのです。
2018年09月30日
A209 霊性の開発
そのことがはっきり理解できて、そこで会話ができるようにせねばならないですね。
意識的な会話ですけれども、声なき声の会話ですけれども、
そこで、皆さん方は『天啓』を受けたものとなるんですね。
じゃあ、自分と神とは別々と思っている者が、天啓を受けますか?
天啓は、あなた方が『天地一体』となって初めて、天啓を受けるんです。

ここは、現れてる世界は地です。ここは、天です。
天と地は別々に存在しています?
造られた物と、造り主が一つであるということを理解できて、初めて皆さん方は『天啓』を受けるわけです。
これ、インスピレーションと言うわけです。すなわち、『霊道』の開かれた人。
今、世の中には、私は霊道が開かれています、と言いながら、どこの言葉か分からないような異言をペチャペチャ、コチョコチョ語ってですね、威張り腐ってる人もいるんですよ。
確かに言葉は出てきますよ。異言も。
しかし、本当の自分が解らない者が天啓を受けますか?
異言をペチャペチャ喋ったからといって、その人が『霊道』が開かれてるとは限らない。異言は作り事でもできるんです。
○×△□〜
意識がその世界に入ると、古代語でもどこの言葉でも出てくるんですね。
ただ、言葉が出てきても意味は無いんです。
異言の一つや二つが出てきたからといって、自己満足してる人が多いんですね。
意識的な会話ですけれども、声なき声の会話ですけれども、
そこで、皆さん方は『天啓』を受けたものとなるんですね。
じゃあ、自分と神とは別々と思っている者が、天啓を受けますか?
天啓は、あなた方が『天地一体』となって初めて、天啓を受けるんです。
ここは、現れてる世界は地です。ここは、天です。
天と地は別々に存在しています?
造られた物と、造り主が一つであるということを理解できて、初めて皆さん方は『天啓』を受けるわけです。
これ、インスピレーションと言うわけです。すなわち、『霊道』の開かれた人。
今、世の中には、私は霊道が開かれています、と言いながら、どこの言葉か分からないような異言をペチャペチャ、コチョコチョ語ってですね、威張り腐ってる人もいるんですよ。
確かに言葉は出てきますよ。異言も。
しかし、本当の自分が解らない者が天啓を受けますか?
異言をペチャペチャ喋ったからといって、その人が『霊道』が開かれてるとは限らない。異言は作り事でもできるんです。
○×△□〜
意識がその世界に入ると、古代語でもどこの言葉でも出てくるんですね。
ただ、言葉が出てきても意味は無いんです。
異言の一つや二つが出てきたからといって、自己満足してる人が多いんですね。
2018年07月27日
A203 常識と非常識の識別
この知花は、肉より語るんですか?
我は霊より語るんですか? どっち。
これが、『霊言』というものなんですよ。
あなた方の言葉に、何ぜ力がないか。
あなた方は、霊よりは語らないで、肉より語るからですよ。
その霊より語る言葉を、『御言葉』となるんです。
神にて語らしめよ、声天より来たれり、なんですよ。
あなた方はですね、霊がなくて言葉を持ち合わす?
言葉は神なりき、霊なりき、ですよ。
肉体から、霊が抜けたら、言葉話す? 話さない?
死人に口なしですね。
あなた方は、声そのもの、言葉そのものが、神であるということを忘れています。
『霊言』という意味は、霊は言葉、言葉は霊ということです。
神言でも構いません。神は言葉なりですね。
初めに言葉ありき、その言葉によって全ては成れり、ですね。
我は霊より語るんですか? どっち。
これが、『霊言』というものなんですよ。
あなた方の言葉に、何ぜ力がないか。
あなた方は、霊よりは語らないで、肉より語るからですよ。
その霊より語る言葉を、『御言葉』となるんです。
神にて語らしめよ、声天より来たれり、なんですよ。
あなた方はですね、霊がなくて言葉を持ち合わす?
言葉は神なりき、霊なりき、ですよ。
肉体から、霊が抜けたら、言葉話す? 話さない?
死人に口なしですね。
あなた方は、声そのもの、言葉そのものが、神であるということを忘れています。
『霊言』という意味は、霊は言葉、言葉は霊ということです。
神言でも構いません。神は言葉なりですね。
初めに言葉ありき、その言葉によって全ては成れり、ですね。
2018年06月28日
A203 常識と非常識の識別
確かに、この霊は、肉という拡声器官は使っています。
肉という拡声器官を使って、霊が発声をしているだけなんですよ。
しかし、それは内なる霊的自覚がなければ、なりませんね。
この肉体はあくまでも、大霊の器にしか過ぎないんだと。拡声器官にしか過ぎないんだという、自覚を持たねばなりません。
じゃあ、器と魂とは別ですか?
大霊を宿した器ですね、魂は。だから、"霊魂"と言うんですよ。
肉という器を通して生きているのは、大霊のみなんですよ。
御親の命、御親の言葉、御親の力ですよ。
皆さん方、神の全てを持っていますね。
なぜかと言うと、あなたの中に宿っているのは神ですから、神の全てを、皆さん持ち合わせていると思いますよ。
それを、現せばいい。神我顕現の目的ですよね、、肉欲に走るための目的ですか?

