過去記事を見ていましたら、とてもいい記事がありましたので、
ここにリンクを張ります。
⦿モーゼ,変成変容,光
Mōšeh、מֹשֶׁה (ヘブライ語:
2013年06月11日
2013年05月18日
イエスの言葉・・・2000年前頃
まず、初めに1度も罪を犯したことのないものが、この者に石を投げなさい。
そうすると、1人、また2人と石を手放して、その場から去っていきました。
最後には、誰も居なくなり、「女よ、皆はどこへ行ったのか?」と聞かれると、
「主よ。誰もいません。」と答えました。
「さあ、もう行きなさい。もう2度と同じ罪を犯してはいけないよ」と、
優しく言われました。
*いつかどこかで、行われた話。
そうすると、1人、また2人と石を手放して、その場から去っていきました。
最後には、誰も居なくなり、「女よ、皆はどこへ行ったのか?」と聞かれると、
「主よ。誰もいません。」と答えました。
「さあ、もう行きなさい。もう2度と同じ罪を犯してはいけないよ」と、
優しく言われました。
*いつかどこかで、行われた話。
2013年05月14日
聖者は沈黙を守る・・・おすすめCD
話を聞いたからそうなるんじゃなくて、本当にその意識状態に、明想状態になるということ。
明想とは、すなわち、神意識が明想ですから、明想していて自我意識があるなら、明想じゃないわけですから、
明想するとは、神そのものとの一体感、神との一体感が明想ですよね。
神そのもの、大霊そのものの意識状態が、深い明想状態で、その中に表面意識が邪魔しない状態、表面意識が出てくるとは、雑念が出てくる、外念が出てくるということですから。
我々が本当に、大霊そのものになってる時は、絶対に外念はあってはならない。
外念があるということは、まだ自我意識が”ちょこちょこ”顔を出しているということですよね。
沈黙を守りますと、この沈黙の力と言うのが出てくるんですね。
沈黙の力とは、潜在能力です。
潜伏してる力が出てくるわけですね。
我々は表面の力しか使っていません。本当に微々たる力で、生きてるわけですね。
で、聖者は力があるというのは、潜在能力・沈黙の力が出てきますので、知恵、力に旺盛であると。
これが、神の知恵・力、叡智・仏智と言うもので、表面意識を持ちながら叡智、仏智が現れるということは絶対にないということ。
自我の知恵は、悪知恵なんです。そこから出てくるのは、知識なんです。
知恵と言うのは、「内」から出てくるもの。
知識は外から拾い上げたもの、あれやこれやと組み合わせて、これを模索といいますけれど、色々の概念で組み合わせたもの。
知恵と言うのは、純粋無垢の絶対に間違いのないものです。
あなたが迷っているか悟っているか、一番誰が知っていますか?
本当のさとりは、神意識そのものになった状態です。
人間と想っている人は、悟った人ですか、迷った人ですか?
人間は実在しますか?
自分は神なのに、なぜ自分を神と想えないんだろう?
外を見ている人間は、人間だとしか思えない。
本質を見てる人を、全てを神だと想える状態を、沈黙を守ると。
人間と思ってる人は、制約・束縛・限定ですから・
普遍的知恵と力を得るためには、視野を拡大せねばならない。
宇宙力を得るためには、宇宙大にまで視野を意識を拡大されて、初めて宇宙力は働くようになる。
全力と言いまして、全体の力を得たいならば、全体と一体でなければならない。
全力投球とは、心を意識を一つにした時です。
オシャカ様も、「宇宙即吾」、「我即宇宙」という、宇宙意識にまで自分の意識を拡大して、宇宙の知恵と力を得られたわけですね。
仏智を得られたわけです。
オシャカ様の意識は、普遍意識/神我意識です。
まだまだ分離意識を持って、神の力を得たいというのは欲望です。
沈黙を守るというのは、”べちゃべちゃ”お喋りをしない、という意味とは違います。
お喋りどころか、表面を意識した状態でなくて、常に内側を意識した状態を”沈黙”と言うのであって、
あの人、しょっちゅうものも言わないで黙っているから、沈黙を守っているという意味とは違いますよ。
知恵とエネルギーは同じものですから、エネルギーを高めるには、まず
意識を上げれば、エネルギーも上がります。
まず、意識を高めること。
遍満するエネルギーが、様々な形を現しているわけですから。
ただ、エネルギーは形をとってるだけですからね。・・
山のエネルギー、川のエネルギー、海のエネルギー・・・
宇宙にはたった一つのエネルギーがあるだけです!
∞エネルギーに開放するには、〜
明想とは、すなわち、神意識が明想ですから、明想していて自我意識があるなら、明想じゃないわけですから、
明想するとは、神そのものとの一体感、神との一体感が明想ですよね。
神そのもの、大霊そのものの意識状態が、深い明想状態で、その中に表面意識が邪魔しない状態、表面意識が出てくるとは、雑念が出てくる、外念が出てくるということですから。
我々が本当に、大霊そのものになってる時は、絶対に外念はあってはならない。
外念があるということは、まだ自我意識が”ちょこちょこ”顔を出しているということですよね。
沈黙を守りますと、この沈黙の力と言うのが出てくるんですね。
沈黙の力とは、潜在能力です。
潜伏してる力が出てくるわけですね。
我々は表面の力しか使っていません。本当に微々たる力で、生きてるわけですね。
で、聖者は力があるというのは、潜在能力・沈黙の力が出てきますので、知恵、力に旺盛であると。
これが、神の知恵・力、叡智・仏智と言うもので、表面意識を持ちながら叡智、仏智が現れるということは絶対にないということ。
自我の知恵は、悪知恵なんです。そこから出てくるのは、知識なんです。
知恵と言うのは、「内」から出てくるもの。
知識は外から拾い上げたもの、あれやこれやと組み合わせて、これを模索といいますけれど、色々の概念で組み合わせたもの。
知恵と言うのは、純粋無垢の絶対に間違いのないものです。
あなたが迷っているか悟っているか、一番誰が知っていますか?
本当のさとりは、神意識そのものになった状態です。
人間と想っている人は、悟った人ですか、迷った人ですか?
人間は実在しますか?
自分は神なのに、なぜ自分を神と想えないんだろう?
外を見ている人間は、人間だとしか思えない。
本質を見てる人を、全てを神だと想える状態を、沈黙を守ると。
人間と思ってる人は、制約・束縛・限定ですから・
普遍的知恵と力を得るためには、視野を拡大せねばならない。
宇宙力を得るためには、宇宙大にまで視野を意識を拡大されて、初めて宇宙力は働くようになる。
全力と言いまして、全体の力を得たいならば、全体と一体でなければならない。
全力投球とは、心を意識を一つにした時です。
オシャカ様も、「宇宙即吾」、「我即宇宙」という、宇宙意識にまで自分の意識を拡大して、宇宙の知恵と力を得られたわけですね。
仏智を得られたわけです。
オシャカ様の意識は、普遍意識/神我意識です。
まだまだ分離意識を持って、神の力を得たいというのは欲望です。
沈黙を守るというのは、”べちゃべちゃ”お喋りをしない、という意味とは違います。
お喋りどころか、表面を意識した状態でなくて、常に内側を意識した状態を”沈黙”と言うのであって、
あの人、しょっちゅうものも言わないで黙っているから、沈黙を守っているという意味とは違いますよ。
知恵とエネルギーは同じものですから、エネルギーを高めるには、まず
意識を上げれば、エネルギーも上がります。
まず、意識を高めること。
遍満するエネルギーが、様々な形を現しているわけですから。
ただ、エネルギーは形をとってるだけですからね。・・
山のエネルギー、川のエネルギー、海のエネルギー・・・
宇宙にはたった一つのエネルギーがあるだけです!
∞エネルギーに開放するには、〜
2013年05月09日
zzz・・・坐光 天照大神とは何かより
坐して神を拝むなというのは、あそこに本質がある、光があると言って、目つぶったって意味はない。ね、
実際に行動を、行為を伴わねばならない。
「行為」で示せと。
行為で示せと言うのは、あなたが事実上、「光」でなくてはならない。
実際に行動を、行為を伴わねばならない。
「行為」で示せと。
行為で示せと言うのは、あなたが事実上、「光」でなくてはならない。
天照大神とは何か・・・5
その大愛は過去を知らず、未来を知らずです。
何を知っているか? 「久遠」です。
だから、皆さんは個人ではありません。「無限なる光」です。
これは、もう本当に間近に、皆さん方、神の入口まで来ているけど、それを実際に為すのは、皆さん一人一人の理解力ではないでしょうか?
知花が引きずって、その『大愛の世界』に入れるわけには、いけない。
『アドバイス』は出来ます。
道は示すけれども、歩むのは誰でしょうか?
じゃ、『他力』ってあるんですか?
『自力』で為さねばならない。だから、頼れるのは自分ですよ。
「救い主が」この世におられるとすれば、『あなた自身が唯一の救い主』です。
わたし知花はアドバイザーにしか過ぎません。
何を知っているか? 「久遠」です。
だから、皆さんは個人ではありません。「無限なる光」です。
これは、もう本当に間近に、皆さん方、神の入口まで来ているけど、それを実際に為すのは、皆さん一人一人の理解力ではないでしょうか?
知花が引きずって、その『大愛の世界』に入れるわけには、いけない。
『アドバイス』は出来ます。
道は示すけれども、歩むのは誰でしょうか?
じゃ、『他力』ってあるんですか?
『自力』で為さねばならない。だから、頼れるのは自分ですよ。
「救い主が」この世におられるとすれば、『あなた自身が唯一の救い主』です。
わたし知花はアドバイザーにしか過ぎません。

