即時に霊に触れさすことが出来るというのは、即時に光に触れさすことが出来るという意味なんです。
じゃあ、光に目覚めた人と共におることは不幸ですね?
自分が霊であり光であることも知らない人間が、霊だ、魂なんだ、愛なんだとか、調和なんだとか、お喋りしたって何も始まらない。
そこからは何も得るものはない。ただのお喋りだからです。
その本人が自分は霊であることを知らないんですから、
じゃあ、我は陰(かげ)より語るんですか? 光より語るんですね。
それを霊言と言われてるもの。霊言と真言と天言は同じもの。これをインスピレーション。
今私に、何が懸かっている、イエスキリストが懸かっている、オーバーシャドーしてる、という様な飯事(ままごと)遊びはいりません。
だから霊という光は陰でお祓いすることは出来ないんですよ。
霊はお祓いすべきものなの?つけるべきものなの?
お祓いすべきは世の陰じゃないでしょうか。
その肉体からの解放は、陰からの解放です。
この世の鉱物・植物・動物はことごとく陰です。
陰の世界から光を見いだすことは出来ないんです。
背後霊とは背後の光という意味なんです。
陰の背後に何があるんでしょうか?
光と陰は表裏一体、裏表なんです。
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