あの人、忍耐強いよ。同じ仕事に30年も勤めてるよと。
それぐらいの神に向けての忍耐があるとすれば、30年も神を意識し続ければ皆さんのものとなると思うんですね。
私達は外側のものには忍耐強くと言いますけど、本来の神我という己に対しての忍耐が非常に少ないですね。
中途半端で神を追求するのをやめてみたり、意識するのをやめてみたり、それを生半可と言うんですけど、
本当の求道者というのは、寝ても覚めても神を意識するような、心構えと意識を持ってなくちゃなりません。
少々の時間がありまして、電車に乗った時にもその間に、内側を憶念し瞑想していただく。
求める、探す、叩くというのは、意識するということなんですね。時間あるごとになんです。
例えば、お食事を奥さんがついであげるまでに何十分か余裕がありますね。その間に軽く目を瞑って内側を意識する時間はある。

