2019年11月30日

B234 意識=魂

44:30
多く意識することを、イエスは"油注ぎ"と言ったんです。
火に燃えてるのに多く油を注げば、火はぼんぼん燃えますよね。少し油を注ぐことと、たくさん油を注ぐことと、どちらが多く燃えますか?

四六時中、外側の意識だけして油注ぎをしない人がいますね。これを怠け者と言うんです。
分かってはいますよ、知識的に。しかし、あなた方は瞑想する時間がないと言います。外を見る時間はいっぱいあるのに、なんで本物を見る時間がないということは、どういうことかと言いたいんです。

影の世界を見る時間はいっぱいあるのに、本物を見る時間がないということは、見たくないという意味じゃないですか?
理屈ですよね。
そこを臆念し、内観することを、油注ぎと言うんです。多く見つめれば見つめるほど、強烈になりますよ。
だから、瞑想に越したことはない。

あなたは外側に意識を向けてる状態を、常に内側に意識を向けるように努めねばなりませんよ。
見れば見るほど、自分に惚れぼれしますよ。
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2019年11月28日

A240 宇宙とは何か

4:28
今、あなたは自分を宇宙だと思っているのか、この肉体を自分だと思っているのか。どっちを自分と思っているの?

宇宙には『宇宙生命』という、一つの生命体しかないんです。宇宙そのものは、生命体なんです。
これを、普遍生命と言うんですね。
即ち普遍宇宙。普遍神です。あるいは、宇宙意識と。 
宇宙に意識はいくつありますか? 
一つの意識しかないんです。
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7:30
迷った人は自分を人間だと見て、人間だと思っています。悟ってる人は自分を宇宙だと見て、自分だと思っています。
これだけの違いです。
この宇宙に目覚めた人を大悟と言います。
大悟したものを大覚者。大きいものに目覚めた者。
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2019年11月26日

B234 意識=魂

13:30
私は瞑想中に、よく意識で呼ばれます。そうすると、呼んでることが意識の世界にいますから、分かるんですね。
ウン、ウンッてやるんですね。体も実際に動いてますよ。
又、誰か私を呼んでるなと。誰がやってるんだろうと思ったら、その人の顔がビジョンとして、パッと浮かんでくるんですね。
あっ、この人が私を助けを求めているなと思うんです。
そうして意識の世界で意識を思い起こして、こうしたらいいんですよ、ああしたらいいんですよと、ちょうどここにおるように、その人を指導することが出来るんですね。
意識対意識で、その人を守護することが出来るんですね。で、夢に現れたり...
よく、夢の中で私を呼ぶ人がおるんですね。そうすると、私が現れてその人に見せてしまうんですね、現象として。
最近、それが激しくてね。近いうちに、3次元的な仕事が出来なくなるんじゃないかなと。この表面の、影の仕事が手に着かないという現状なんですよ、今。
それは、個人的意識状態じゃなくて、常に普遍意識状態になってますと、それはどなたでも可能ということです。


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2019年11月24日

A240 宇宙とは何か

33:20
正食とは何かと言うと、人間が宇宙生命を食べることを『正食』と言ってるんですよ。受け入れることを。
宇宙生命との一体感になって、これにまさる食べ物はありますか。
これを食っちゃいけない、これを飲んじゃいけない、何をしちゃいけないという正食なんですか?
そのことをイエスキリストは、何を食い何を飲まん何を着けようと思い煩うなかれと言ったんですよ。

それが、天より降る生命のパンを食せよと。
じゃあ、今まで教わってきた正食とは何だったんだろうか。邪食だったんだろうか。

エネルギーは必ず形あるものだけにしかないんだろうか。空には存在しないんだろうか。

それは、どのようにしたら活動するようになるかと言うと、想念だけですよ。

みんな他力本願ですから、「先生、握手して、エネルギー頂戴」と言う人がいるんですよ。
少しでもそばにいたいとかね、あるいは触ってみたいとか。(笑) あまりにも偶像すると私は逃げますよ。
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2019年11月22日

B234 意識=魂

16:48
人に為してることは、全部、自分に為してることであると。
例えば、この木の葉が、この木の葉を憎んだら、誰を憎んでますか? と言いたい。
この木の葉が知花であり、これが誰かさんだとして、この木の葉が憎しみの怒りを燃やした時、意識は通じているわけですから、憎むと同時に瞬間に分かるわけです。
最近その人も多いんですよ。助けてくれと言う人も多いけれど、あの知花は悪魔だとか、悪霊だとかいう思いを起こしている人も結構多いんですね。
それも分かりますからね、誰がそう思っていると。
しかし、私にとっては誰がそう思おうが、問題じゃないんですね。何ぜかと言うと、意識においては私なんだから。
だから、その人と対立するということは、誰と対立することになりますの? 自分と対立することになるわけですから...
そういうことをね、平気でいることのできる自分。これは、あくまでも普遍意識になっていなければ不可能なんです。
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2019年11月20日

B234 意識=魂

2:17
あなた方が、本当に普遍意識状態になりますと、肉を持ちながら人を守護することが出来ますよ。
誰かが知花のことを意識したとき、私の意識と意識している人の意識と、同じ意識ですから、そこに時間も空間も距離もございませんから、
即時に私はそこにおるわけです。
あなた方も普遍意識状態になったとき、それを体験するだろう。
意識には、時間も空間も区切りもございませんから、

だから最近はね、この知花忙しいんですよ。私を意識する人が多すぎて、「先生、助けて下さい!」という人が多いんですよ。
しかし、一度に何百名が同じ時間にやりましても、問題はないんです。意識は一つしかありませんから、一つの意識の中において意識してるわけですから、それは時間・空間を超えてますよ。
一度に何十億の人が私を意識しようが、問題ではない。
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2019年11月18日

A239 本質は内的自分 形は外的自分 何ぜ

46:02
人を見る前に己が今、光に向かっているのか、闇に向かっているのか、一番誰が知ってます?
方向を変えねばなりませんよ、闇に向かって走っているなら。
もう物質が全てだ、金が全てだ、地位や名や財が全てだと思っている人は、どこに向かって走っています?
彼らは闇を欲してますので、何が与えられます? 
光を欲するものは?
求めよ、さらば与えられん。

このことを聖書にこう書いています。「子供が石を欲しがるのに、パンを与えましょうか。パンを欲しがるのに、石を与えましょうか」と。
という意味は、子供が闇を欲しがるのに、光を与えましょうか。光を欲しがるのに、闇を与えましょうか、ということですよ。
あなたの求めるべきものは、世の闇なのか、内なる光なのか。

じゃあ、内なる追求に勝るものはないですね。内的追求ですね。
内を見れば光。外を見れば闇ですよ。
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2019年11月16日

A239 本質は内的自分 形は外的自分 何ぜ

44:37
この世の闇で満ち足りし者は、災いですよ。
貧しきものよ、幸いなり。
貧乏であれとは言ってませんよ、誰も。
その識別心を持つべきですね。

その、世の影の存在の目的を知るべきです。
この世の影というのは、光の表現体として存在してませんか?
影が影に溺れんが為にあるんですか。
じゃあ、光は何を通して、ご自身を表現してるんですか?
この世の影を通して表現してますね。
その意味合いを、よく理解すべきです。

しかし、もう物質が全てだ、影が全てだと、盲信と狂信に明け暮れているものに耳を貸してはならないですね。
闇に突っ走っては、ならないですね。
だから、物質に突っ走っている者は夜行列車に乗っています。
どこに向かっている、彼らは? 光に?
闇の列車に乗っていませんか。
じゃあ、誰が闇の列車に乗っているか、あなたの周囲を見れば分かりますね。
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